第8話「手を繋ぐ距離」






   8話「手を繋ぐ距離」





 周とのデートの日が近づくにつれて、切ない気持ちになったり、でも楽しみにしてしまったり、と吹雪の心情は複雑だった。

 それでも、そのデートをキャンセルしようとする気持ちは出なかったのだから吹雪は期待の方が大きい事に気づいていた。


 当日は、出掛ける数時間前に起きてデートの準備をした。スキンケアやマッサージを念入りにして、メイクやヘアセットもいつもより時間をかけて丁寧に行った。洋服もずっと前からいろいろ考えて決めていたので、それを着つつも「他の方が似合っていたかも」と悩んでしまうのだ。

 本当にデートを楽しみにしている彼女のようだな。そう自分勝手思っては頬を赤くしてしまうのだった。


 4月に入り、気候は一気に温かくなった。何かのスタートの時期でもあり、出会いの季節でもある春は、妙な感情が街に溢れている。その雰囲気が苦手だという人もいうけれど、吹雪は期待と不安が混じりあった気持ちが今の自分と合っているような気がして安心出来ていた。

 待ち合わせの場所まで向かいながらも、吹雪の心はそわそわしていた。やはり止めた方がよかったのだろうか。けれど、練習に付き合うと言ったのは自分なのだから、最後までやらないと。心の中でそんな葛藤をしているうちに、あっという間に待ち合わせの場所についていた。

 すると、すでに周は待ち合わせの場所におり、真っ直ぐ前を見て待っていた。

 隣に立つ女性や周の前を通る女性が彼に視線を向けているけれど、周は全く気になっていないようだ。

 今からあの人とデートをする。そう思うだけで早く彼の元に駆け寄って行きたい。けれど、足が動かなかった。すると、その視線に気づいたのか、周がこちらを向いた。彼と目が合っただけで体が痺れるような感覚になる。


 「吹雪さん!」


 そう言うと、周は満面の笑みでこちらに駆けてきてくれる。それだけで、ここに来てよかったと思えてしまうのだ。



 「周くん、早いね」

 「お待たせするわけにはいかないから。エスコート頑張ります!」

 「そんなに張り切らなくていいのに……」

 「同伴は大切らしいので!」

 「………そっか。頑張ってね」



 彼の1つの言葉で喜び、1つの言葉で切なくなる。こんな事はやめるべきだとわかっているのにやめられない。



 「……じゃあ、行こうか?」



 きっとうまく笑えてないとわかったので、吹雪は彼に背を向けて先に歩きだそうとする。すると、彼が吹雪のスプリングコートの袖をつまんでそれを止めた。



 「………どうしたの?」



 冷静を装いながら笑顔で振り返ると、周は顔を赤くし、俯いた状態で何かを言いたそうにしていた。吹雪は不思議に思いもう一度「周くん?」と彼へ声を掛ける。

 すると、雑踏の中やっと聞こえるぐらいの声で周は声を出した。



 「手、繋ごう?それが嫌だったら……腕に掴むのもいいから」

 「………いいけど。それも慣れるため?」

 「うん………そうだけどダメかな」



 どの行動のホストのため。

 それを理解して承諾したのだから、引き受けなければ、と吹雪は「わかった」と言って彼に手を差し出した。

 すると、周は「やった!」と子どものように純粋に喜び、優しく吹雪の手を取った。彼の手はとても温かかった。



 「………何か緊張するね」

 「ホストなんだからこれぐらいで緊張しちゃだめなんじゃないの?」

 「そうなんだけど………慣れるかなぁ……」



 頬を染めながら繋いだ手を見つめる周は、初めてのデートで緊張する少年のようで、吹雪は微笑ましくなる。吹雪も恋愛経験が多い方ではないけれど、手を繋いだことぐらいはもちろんある。それに自分以上に緊張している彼を見ると、何だか少しだけ安心してしまったのだ。



 まず2人が向かったのは本屋だった。

 周が「おすすめの少女漫画教えて!」とリクエストがあったのだ。吹雪もいつか教えるつもりだったので、本屋に行って平積みになっている人気の漫画本を見たり、吹雪のおすすめのものを教えたりした。周は1つ1つチェックしてスマホのメモに残していった。その中でも気になるものは購入しており、彼が本気なのが伝わってきた。

 ホストになるために、知らない年上の女に練習相手になってほしいと頼むぐらいに必死なのだ。彼はそれぐらいホストになりたいのだろう。

 そう思ったときに、彼はどうしてホストになりたいのか、自分は知らないのだなと吹雪は思った。



 本屋の後は、周のおすすめの店に行くことになっていた。徒歩で歩ける距離なので、2人はまた手を繋いで街を歩き始めた。

 吹雪は、その時間に気になることを彼に聞いてみる事にした。



 「ねぇ、周くん?」

 「ん?どうしたの?」

 「周君ってどうしてホストになりたいの?ホストになるのが夢だったの?それとも何か理由があるの?」

 


 吹雪がそう質問をすると、周はすぐにその返事をくれた。



 「お金が欲しいんです。……まとまったお金が」

 「………お金?」

 「はい。やりたい事があるので、そのためにホストになろうとしました。けど、そんなに長い間やる事も出来ないので。短期的にお金をためようと思って……」

 「なるほど。ホストは売れれば稼げるものね」



 真っ直ぐな視線で、迷うこともなく答えてくれたので、本心なのだろう。

 だが、吹雪は自分の考えていたものとは違う答えだったので少し驚いてしまった。けれど、お金のためにホストを選んだからにはやり遂げようとする姿勢を感じられた。



 吹雪は「やりたい事って何?」と聞きたかったけれど、周はそれを話そうとはしかった。

 彼が話す気がないのに、吹雪から聞けるはずもなく「じゃあ、頑張らなきゃね」と言ってその話題を終わらせてしまった。




 ホストの練習相手は期間限定だとわかっていた。

 けれと、吹雪が思っていた以上に短い時間になりそうだった。

 

 周の考えを知ってしまい、吹雪は思わず周と繋いでいた手を強く握りしめてしまったのだった。




 

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