星空に祈る

「……というわけで私はお前に都合のいい友人のままで居て欲しいがために、自分が付き合う気もないくせに告白を断れと言ったのだ。こんな女の看病をする必要なんぞ欠片もない」


「どうも俺の看病が嫌ってわけじゃないみたいだな……なんでそんなことをわざわざ言うんだ?」




 本当になぜだろう。こんなことを言っても私に一切得は無いのに。


 でも言うべきだと思ったのだ。




「……私に優しくしても良いことないぞって忠告するためだ。

 お前は私に色々与えてくれるが私はその恩を仇でしか返せない女だ。控えめに言って良い友人ではないだろう。そんな人間にお前みたいないい奴が優しくするのはやめておけと言いたいのだよ」


「そうか? そもそも俺はお前さんに恩を与えた覚えなんて無いぞ」


「ふふ……私はお前が風邪をひいても看病になんか来なかった奴だぞ? そんな私をお前は看病してくれている。これが恩でなくなんだというのだ?」


「気にすんなよ。これは俺が好きでやっているだけだ。そんなことしなくたってお前さんはいい友達だよ。

 今回のことだって嫌だったのに俺の意思を尊重してくれたじゃないか」




 友人は朗らかな顔であっさりとそう言った。




「お前は本当にいいやつだな」


「はは、そんな褒めなくてもいいぞ」


「でもな、もしも体調が良くて学校に来れていたら私は確実に昨日の前言を撤回して邪魔していたよ。そんな奴が本当に良い友人か? 

 私は違うと思う。お前は私の友人だけど、私はお前の友人じゃなくて一方的にお前から幸福を奪い取って不幸を祈る……友達面した寄生虫だ」


「…………なんでお前さんは自分の事をそんなしおらしそうに悪く言うんだ? 俺に好かれたいのか嫌われたいのかどっちなんだ?」


「……どっちなんだろうな? 私にもわからないんだ。お前にいつまでも都合の良い友人で居て欲しいという気持ちと、お前に幸せになって欲しいという気持ちの両方があってさ……」


「それは両立できるだろ。俺はお前さんと一緒にいるだけで楽しいから引け目を感じなくてもいいよ」




 一緒にいるだけでか……私もそうだよ。でも……




「……ずっと一緒にはいられないよ。私はいつか恋をしてお前より大事な人ができてお前から離れるだろうさ」


「……ああ、そうだろうな」




 私がレズビアンであり、奴が男として生きていく限り、別れの日はいつか来るのだ。


 一生の友人というのはいても、一生を友人と共に居続けるというのは私は聞いたことが無い。

 

 恐らく一生に寄り添い続けるというのは……友達までしかできない人間同士ではとても難しいのだと思う。


 少なくとも恋や性欲に振り回されやすい私では……奴の一生にずっと離れずに寄り添ってあげることはできないだろう。




「なのにお前が私から離れるのは許さないなんて、そんな私だけに都合の良いことをお前みたいないい奴に負わせたくない。

 こんなのの看病をするより今からあの子に謝ってデートでもしてもらった方が100倍はいいぞ」


「嫌だよ、今更気まずい」


「じゃあなんか他に楽しいことでも……」


「他の事もしたくない。大体お前さんは本当は俺に都合のいい友達であってて欲しいんだろ? 別にいいよそれで」


「そうだけど…………今ならまだ、お前の幸せを祈ることはできなくても、我慢してお前の幸せの邪魔をしないでいられるとは思うんだ。

 これ以上優しくされると私は……それもできなくなりそうだから……。私に優しくしてくれるのはすごくうれしいけど、それは……お前の為にならないと思うから……」


「なるほどお前さんに優しくするのは俺の幸福の為にならないと……わかった」




 ほっ……わかってくれってよかった。




「じゃあもう一つ質問するが、俺の幸せってなんだ?」


「えっ……」


「お前さんなりに俺の幸せを案じてくれているのは分かったんだが……お前さんの言う俺の幸せが何なのかいまいちよくわからん。だから教えてくれ」




 友人は穏やかながらも逃がしてくれなさそうな真剣な目つきで、じっと私を見つめてそう問うた。




「……そうだな……熱でとろけた頭ではうまくいえんが……私みたいな酷い人間じゃなくてお前のことをちゃんと大切に思ってくれている人と一緒に愛しあっていることかな……?

 なんというかこう……私と関係ないところで普通の幸福を掴んでほしいというか……」


「それがお前さんの考える俺の幸せか……」


「うん……お前はいいやつだから、大体の人が望む当たり前の恋愛の幸福が絶対に得られると思うんだ……でも、このまま私がお前のそばにいるとそれを邪魔したくてたまらなくなりそうで…………怖い」




 そう私は怖いのだ。このままだと光り輝く栄光の道を歩むはずの彼を、私の孤独の闇に引きずり込んだ挙句、何の責任も取らずに置き去りにしそうなことが。


 それが怖くて怖くてたまらないのだ。




「俺は別に愛なんていらねえよ。お前さん恋愛中心主義なんだな」


「……現実問題として……他に一生を添い遂げてくれる人を見つける手段がなかなかないだろ。もっともお前だったらそれ以外でも見つけられるかもしれんが……私みたいな奴と仲良くしている限りはどちらも一生無理だ……」


「……俺はお前さんと絶交して幸福とやらになるよりお前さんと友達している方が楽しそうな気がするんだがなぁ」


「でも私はいつかお前から離れるつもりだぞ……? ずっとは一緒にいられないんだぞ……? 孤独はつらいぞ……?」


「そん時はそん時で適当に生きるよ。お前さんが本気で友人をやめたいってならそれはしょうがないことさ。

 それにお前さんが俺と離れる時が来るのって多分お前さんにとってはいいことだろう? だったらそれはきっと俺にとってもいいことさ。つらくても耐えられるよ」




 彼は口調こそ軽いものの真剣なまなざしでそう言った。どうやら本気でそう思っているようだ。




「なぁ……なんでそんなこと言えるんだ? 私は何もお前に与えるつもりはないしそれどころか幸せを奪うことすらやりかねないんだぞ。そんな奴に人生振り回されて何が楽しいんだ……?」


「理由か……そうだな。うん、お前さんがいろいろ話してくれたし俺も話すよ。ちょっとショッキングな話かもしれんけど……いいか?」


「……大丈夫だよ、ここまで私の話を聞いてもらったからな。聞かせてくれ」


「そうか、ありがとうな。俺さ……実は………………」


 そこで友人は口ごもった。


「……どんな理由でも受け止めてやる。話せ」


「ごめん……ありがとう。俺……未だにお前さんのこと……好きなんだ。付き合えないって分かっていても……」




 ああ……やっぱりか。




「……なんとなくそんな気はしていたよ」




 うすうすそうじゃないかとは思っていたが今まで確かめようとはしなかったのだ。


 自意識過剰かもしれないし、掘り起こしても私はその気持ちに応えられないし、好意自体は……嫌じゃなかったから。




「それは恥ずかしいな……ああ、でも別に付き合ってくれって言っているわけじゃないからな。それは昔告白を断られた時にすっぱりと諦めた」


「……本当に? 好きだって言うことはまだ諦めてていないんじゃないか?」


「……まぁ心の片隅にもしかしたらあわよくば、みたいな気持ちはまだあるかもしれんけど……でも女の子の方が好きなお前さんを困らせてもしょうがないからな。それについては諦めているつもりだよ」




 友人は照れているのか顔をぽりぽりとかきながらそう言った。




「もしかしてあの子の事が大して好きでもなさそうだったのに付き合おうとしたのそれが理由か?」


「まぁ恋愛は別の人間とすれば、お前さんを万一にもそういう目で見なくて困らせずに済むかな、って考えはあった。だからまぁお前さんが嫌そうにした時は驚いたな」


「はぁー……つくづくお前は友達想いだな。そんなことは気にせんでいいのに、そんなに私のこと好きなのか?」


「うん、俺は、お前さんのことすごく好きだ。だから……お前さんが望む限り友達でいたい」




 きっぱりと言い切った友人の言葉に私はそうするべきでないのに安堵を覚えてしまった。


 もう……駄目だな。これ以上こいつを突き放せん。やっぱり私にできることなど何もなかったのだろう。




「風邪で弱ったところを口説くとか……悪い男だなお前は……」


「そんなつもりじゃないが……まぁお前さんがさっき言ったほどいい奴でもないよ俺は。だからまぁ……そんなに俺の幸せがどうとか気にせんでいい」


「……いいのか? 私が一方的にお前から搾取して飽きたらポイみたいな完全に私に都合のいい関係で本当にいいのか?」


「いいよ。お前さんがそうしたいなら」




 そうか、そこまで言うか。ならお望みどおりにしてあげよう。




「……わかった。そんなに私の事が好きならしょうがないな。じゃあもうあれだからな、お前は私がいいというまで恋人作っちゃだめだからな。友達は作ってもいいけど私を最優先にしろよ。もし裏切ったらお前の人生をズタボロにしてやるからな」


「やったー!」




 私が滅茶苦茶なことを言うと友人はちょっと気持ち悪いぐらいに喜んだ。全くしょうがない奴だ。




「なんでそれで喜ぶかねぇ……私もどうかと思うがお前もちょっとどうかと思うぞ」


「うっ、迷惑だったか? すまん」


「いいよ、謝んなくて。さっきみたいなぐらいの方が気楽だ」


「そうか、じゃあもう一回、やったー!」


「ははっ」




 もう一度歓喜した友人に思わず笑ってしまった。まったくどうしようもない。


 こんな奴になにをしたところで無駄だったのだ。私が奴をどうにかできるなどとんでもない思い上がりだったのだ。こいつならば私が人生を台無しにしたところでどうとでもなるのだろう。


 ふふっ、本当に……私には何もできないのだな。




「それじゃあひとしきり喋って疲れたしもういい加減寝ていいか?」


「いいぞ、長々としゃべってしまってごめんな」


「まったくだな……それじゃあおやすみ。……約束は一度なしって言った手前無効だからな。面倒になったら帰っていいぞ。まぁ私の寝顔をじっくり見たいってんなら止めはせんが……」


「わかったわかった、面倒になったら帰るよ。おやすみ」


「おやすみ」




 そう言うと私は目を閉じた。さっきまであった不安や恐怖は消えていた。






◇◇◇






 私が夕ご飯の時に両親に起こされた時には、奴はもういなくなっていた。


 時間はもう九時だった。両親はつい一時間前に帰ってきて、その時に奴は帰ったらしい。


 両親がいるまで一人にしないで欲しいという私との約束を守ってくれたのだ。


 奴にありがとうと言って送り出したかったから起こせばよかったのにと私は思ったが、私があまりに安らかに寝ていたので悪いと思ったのか起こさなかったらしい。




 ……いつか奴は私からこんな風に去っていくのかなぁと思った。それは寂しいし嫌だ。たとえその時に何もできないのだとしても。


 だから私は夕飯が終わった後に電話をかけることにした。


「もしもし私だけど」


「お前さんから電話してくるとかめずらしいな。どうしたんだ?」


「どうして私を起こさなかった」


「いや、あんまりにもすやすやとしていていい寝顔だったからさ、起こすの可哀想だなぁって」




 どうやら奴は本当にじっくりと私の寝顔を見たようだ。なんということだろう、まったく。




「ずっといたならお前にねぎらいの言葉を言って見送りたかったんだぞ。それなのに帰りやがって。わざわざ私の方から電話しないといけなくなった」


「悪い悪い。そうそう早くに都合のいい友達にはなれんね」


「おいおい、こんな無茶苦茶な言いがかりで謝ってくるとは……お前ちょっと心配になるぞ」


「そうか?」


「ま、それはおいといて……ありがとうな今日は、おかげで多分明日は学校に行けると思う」


「おお、それはよかったお前さんを看病したかいがあったよ。元気になってなによりだ」




 嬉しそうな声で奴がそう言った。どうやら心配かけさせてしまったようだ。




「あと、約束守ってくれて本当にありがとうな」


「別に面倒にならなかったからいいさ」


「そうか……。ところでさ、お前が私の事好きな件についてなんだけど……」


「……迷惑だったか? やっぱ言わないほうがよかったかもな。ごめん」




 先ほどの楽しそうな声から一転して静かな小さな声で奴がそう言った。どうやら文句をつけにきたと誤解しているらしい。




「迷惑か……普通だったら男に言い寄られるなんてそうなるんだろうけどさ、なんでかお前だとむしろありがたいなぁって気分になるというか……」


「……どういうこと?」


「なんというかなぁ……私はお前の愛に応えられないんだけど……それでもお前に愛されるっていい気分というか……まぁ恋愛感情ではないけど優越感みたいなのを感じていい気になれるというか……まぁ悪い気分ではなかったよ」


「……お前さん悪女だなぁ。そんなこと言って俺の恋心を煽ると、暴走して俺が都合のいい友人から狼に変身するかもしれないぞ。あまりそういうことは言わんほうがいい」




 諭すような口調だ。私が奴を孤独に引きずり込むことを恐れていたように、奴もまた私を欲望のままに貪ることを恐れているのだろう。だが、そんなことは私の知ったことではないのだ。




「悪女とはひどい言いぐさだなぁ。…………でもだからかもな……心のどこかでさ、お前が狼に変身して私を食い散らかして、それでお前が満たされるんだったら……それはそれでいいのかなって思っているところあるんだ」


「だからそういうことは言わない方がいいって言っているだろう」


「とはいっても普通に何しやがるこの野郎って暴れる可能性の方が高いだろうけど」


「そうだろう、そうだろう、だからそんなふうにからかうのはやめておけ」


「うーんでもお前は狼というより、のこのこと自分から狼の前に出てきて食べてくださいって言う羊って感じがするな。だからからかうのはやめない」


「お前さんひどいなぁ。まぁでもいつものお前さんはそういう奴だよな。元気になってよかったよ」




 はは、まったくである。本題に入ろう。




「話が脱線してしまったが、まぁ何が言いたいかというとだな。お前の愛に応えられない私を、それでも好きでいてくれてありがとうって、そういうことが言いたかった」


「……感謝するようなことじゃない。ただ未練がましいだけさ」


「それで私の心は嬉しくなったんだから何と言われようと感謝するよ」


「……そうか。お前さんが喜んでいるならいいか」


「うん。私はお前の恋人にはなれないけど、意地悪な友人ぐらいにはなれると思うからさ。それで我慢して……私を愛し続けてくれ」


「ははっ、わかったよ。お前さん本当に悪い女だな」


「余計なことは言わんでよろしい。じゃあそろそろ電話切るぞ……ありがとな。私と友達でいてくれて」


「こちらこそありがとう。またな」


「またな」


 そう言って私はぷつんと電話を切った。




 その後、私は夜空を見ながら考え事がしたくなり、電気を消してカーテンを開けた。






◇◇◇






 結局今日私は何もできなかった。できたことと言えば安い感謝の言葉を言うだけで、友人の幸せを祈ることも突き放すこともできなかった。


 さっき奴は私の事を悪女と言っていたが私はそんなかっこよさそうものではなく、ただ単に無力なろくでもない人間なだけなのである。


 けれどそんな私でも奴は友達でいたいと、好きだと言ってくれたのだ。




 嬉しかった。




 きっと私はこれからも奴に対して何もできず何も返せるものが無いままで、ただ奴から与えられ続けていくのだろう。


 それでも私が友達面をしてくれればそれでいいと奴が言うのならば……私がこれからも奴と友達面できますようにと……幸せを祈れないなりに親友の幸せを祈ろうと思う。


 そしていつかは……親友の幸せを心から祈れるような人間になろうと思う。






◇◇◇






 新月なのかとっくに沈んでしまったのか、晴れた夜空に私が大好きな月はどこにも無かった。ただそのおかげだろうか?

 

 いつもはただなんとなくそこにあるだけだと思っていた星々がとても美しく……きらめいていた。




 一生に寄り添える友達か……そんなものはないと今でも思っているけど……


 あいつとなら……もしかして……


 月のない夜を生きるのを……悪くないと思えるのかもしれないな…………




 昨日あれだけあった雲はもう夜空のどこにも見えなくなっていた。



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