雨に呪えば

 目が覚めると朝になっていた。ベッドで寝っ転がっているうちにいつの間にか眠ってしまったようだ。


 どんな人間にも無理やりにでも朝はやってくるのだ。だがいい目覚めではなかった。


 まず外は雨が降っていた。雨はあまり好きじゃない。


 そして……体がだるい、頭が熱い、のどがいがらっぽい。昨日雨に打たれたのがまずかったのか風邪を引いてしまったようだ。


 まぁそこまで体調が悪いわけでもないので学校に行けなくもないが……今日は奴に会いたくない。会ったら……熱に浮かされた頭で足を引っ張ってしまうかもしれない。


 私としては邪魔したいが邪魔したくないのだ。




 休むことにした。普段休んでないしたまにはずる休みもいいだろう。


 朝が早い両親は私が起きる前に既に仕事に出かけていたので自分で学校に連絡した。




 暇だ。


 微妙に体調が悪いから寝ててもいいのだが……寝るのはもうなんか飽きた。ゲームで遊ぶ気にもなれない。ずる休みをした日に遊ぶのは妙な罪悪感があるのだ。


 かといって勉強するのもなぁ……面倒だ。


 …………あいつは今日どうするんだろうな。今日は告白するにはあまり向かない天気な気がするが……




「断って欲しいなぁ」




 ゴロゴロと寝転がっていると独り言が口から出た。


 ……都合のいいことを考えるのはやめようと思う。友人は多分あの子と付き合うのだろう。祝福できないならばせめて邪魔しないようにするのが友達としての義理というものだろう。




「でもやっぱ断れ」




 また独り言だ。やはり今日会わなくて正解だった。絶対に邪魔をする。

 

 昨日の私が言えた、私の意見より自分の気持ちを大事にして、という言葉は今日は言うことはできないだろう。


 いまの私は奴の友達ではなくただの嫌な女なのだ。




「断れ」




 ……このまま暇だとそのうち呪いでも吐きそうだな。




 結局私は寝っ転がりながらスマホでネットサーフィンをするといった方向性に落ち着いた。


 罪悪感は時折為になりそうなサイトを見ることで解消した。まぁどう考えても為にならなそうなサイトを見る方が多いのだが多少なりとも見るだけよいだろう。


 少なくとも友達の幸福を呪うよりははるかにましだ。






◇◇◇






 まぁそんなこんなでうだうだと過ごしているうちにいつのまにかお昼が過ぎていた。


 今頃向こうは五時間目の最中か……なんか食った方がいいんだろうけど体がだるい。というか割と冗談抜きで気分が重くて昼食を作ってまで食べる気になれない。


 うぅ……看病してもらった方がよかったかな。本当に体調が悪くなっている。


 お父さんお母さん早く帰ってきて欲しいなぁ……寂しい……。




 ピンポーン。




 ドアフォンが鳴った。


 早速帰ってきたんだろうか?


 違った。あいつだった。




「見舞いに来たぞー」




 毒気が抜かれるぐらいいつも通りの調子で奴が部屋に入ってきた。まるで奴には昨日のことなど何もなかったようだ。


 まぁ私がぐちぐちと気にしているだけで奴にとっては特に悩むことでもなかったのだから当たり前なのだが。




「……学校はどうしたんだ?」


「今日は午前で終了だぞ。お前さんちゃんと予定表とか見ろよ」


「ああ、あれはカバンに突っ込んだきりどっかにいったなぁ……」


「おいおい、俺が届けに来たこのプリントはちゃんと見ろよ」


「はーい……」




 私は力無くへなへなとした手付きで紙を受け取る。




「ズル休みかと思って半ば遊びに来るつもりでやって来たが……本当に元気無さそうだなお前さん。看病した方がいいか?」


「…………すまん。頼む」


「気にするな。友達じゃないか」




 にっこりと笑う奴のいつもの笑顔が妙に頼もしかった。心なしかそれだけで少し元気になった気がする。




「……ありがとう」


「それで看病って何したらいいんだ? とりあえず濡れタオルでも頭に乗せればいいのか?」


「んじゃあそれを頼む」




 奴から濡れタオルを頭に乗せられると熱くなった頭がひんやりした。気持ちが良い。




「あー気持ちいいわこれ」


「よかったな。で、それ以外の看病の仕方よく知らないんだけど何やったらいいんだ?」


「うーん、わがまま言ってもいいか?」


「お前さんいつもわがまま言っているだろ。一体なんだ? いくらでも聞いてやる」


「ありがたいが一言余計だぞ。ご飯を作ってくれないか? 作るの面倒くさくて食べれてないんだ」


「何を食いたいんだ?」


「エスカルゴのブルゴーニュ風が……」


「材料はそこら辺のカタツムリでいいか? 食中毒や寄生虫とかで死んでも責任は取らんが……」


「すみません今のは冗談です。炊飯器にご飯残っていると思うんで、おかゆさんでお願いします……卵入りだと嬉しい」


「あいよ」




 奴が台所に行ってしばらくすると、出汁のにおいと共に玉子色のおかゆが運ばれてきた。




「できたぞ。適当におかゆに玉子を入れてめんつゆで味付けしただけのものだがな。一応味見はしたから問題ないはずだが、もし味付けが物足りないならめんつゆを足せよ」




 適当に作ったとはいってもなかなか見た目も綺麗で美味しそうである。私がつくると多分ぐっちゃぐちゃのおかゆができるだろうからこういうのが作れるのはうらやましい。




「おい、お前さんぼおっとしてどうした? まさかあーんって口に入れて欲しいとか言うつもりか?」


「いや、単に美味しそうだったからつい見とれていただけだ。そういうのは彼女さんにやればいいだろう。…………そういえばいいのか彼女さんは?」


「ん?」


「ほら、昨日告白されたって言っていたじゃないか……新しくできた彼女放っておいて私を看病していて大丈夫なのかなって……」


「あー……あれなら断った」




 バツの悪そうな顔で奴がそう言った。




「えっ?」




 意外だった。結構浮かれた調子だったからてっきり付き合うもんかと思っていたが……




「なんていうかねぇ……うん。やっぱまだ恋人とかいいかなって……」


「私が……嫌がったからか?」


「いやいや、そういうあれじゃなくて今は彼女とデートとかよりも、気楽に独り身のまま遊んでいたいと思ってな。まぁ、そういうわけだからお前さんは気にしなくていいぞ」


「酷い男だな……私に相談しておいて……」


「それについては悪いと思っている。ごめん」


「ふふ……まぁ私はお前の意思に任せると言った手前いいさ。彼女はそれで納得したのか?」




 気まずそうに弁明する奴の姿に思わず笑みがこぼれてしまった。我ながら性格が悪い。




「ああ……そっちはダメもとで告白したらしいから案外すんなり納得してくれたよ……それよりさっさと食おうぜ。冷めるぞ」


「そうするか……あ、そうだ。やっぱりあーんして食わせてくれないか? 将来私が彼女作った時に参考にできるかもしれん」


「こういう熱いもんでそういうのやるの危険だと思うんだがな……」


「実際にやらないとわからんだろ。そういうのも含めて参考にするんだ」


「そこまで言うんならやってやるが……気を付けて食えよ」




 そういうと奴がスプーンでお粥をすくい、おずおずと私の口の前に持ってきた。




「ほら、食わせてやるから口開けろ」


「あーん」




 スプーンが口の中に入ってきたのでぱくりと食べる。ほどよくめんつゆがしみた卵と米の味が口の中に広がる。喋っている間にちょうど良い温度になっていたようだ。




「どうだ?」


「うむ、美味い。熱さもちょうどいい感じだ。もっともっと運んでくれ」


「あいよ」




 ぱくぱくと口を開けているだけでごはんが食べられるというのはなかなかに楽で、あっという間にお粥を食べきってしまった。




「いやー食った、食った。お腹いっぱいだ、ご馳走様」


「どうだった? 参考にはなりそうか?」


「うーむ。楽に食えてよかったが、お前が可愛い女の子じゃないからか特にときめいたりはせんな。参考になるかどうかは微妙な所だ」


「可愛い女の子じゃなくて悪うござんしたね」




 すねたように友人が口を尖らせた。




「ごめんごめん、そう気を悪くするな。可愛い女の子じゃなくても私のわがままをこうして聞いてくれただけでとてもありがたいんだ。本当に感謝しているよ」


「そうかい、どういたしまして。それでお前さん他になんかして欲しいことあるか?」


「うーん……特にないな」


「そうか」




 その後、とりとめのない話をしたりして過ごしているうちに眠くなってきた。




「うーん、食べたからか眠い」


「昼寝したらいいんじゃないか?」


「でも私が寝ている間にお前が変なことするんじゃないかと思うと寝れなくてな……」


「そんなことしねーよ」




 私がからかうと奴は少し顔を赤らめて否定した。




「ふふっ冗談だ」


「からかうなよ」


「……本当はな、寝ている間にお前が帰ってしまって、起きた時に一人ぼっちになるのがちょっと怖いんだ」


「そういうことならお前さんの親が帰ってくるまでいてやるよ」




 私が不安を吐露すると奴は優しくそう応えた。




「暇になるがいいのか? 私の両親は結構帰りが遅いんだぞ? 本当に帰らない?」


「平気平気スマホでも見て時間潰しているよ。約束するよ帰らない」


「そうか…ありがとう……」


「おう、無理せずに体を休めろ」




 屈託のない笑顔でそう告げた友人を見て、私は本当にいい奴だなぁと思った。


 こんな良き友人に私は何も与えることができないのだろうか?


 ……忠告ぐらいはしてやれるか。




「寝る前に一つ言っておかないといけないことがあるんだが……聞いてくれるか?」


「どうしたお前さん。聞いてやるぞ」


「さっきの約束だけど……やっぱ無しにして帰ってもいいぞ」


「……なんでだ?」


「お前がいい奴で私が悪い奴だからだ。実は昨日お前に付き合わないで欲しいといった理由がわかってな……」


 私は昨日の思考分析結果を奴に伝えることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る