月のない夜 又は、唯一の友達である男の子に彼女ができそうになって、大ショックを受けて寝込んでしまった女の子のお話

鯨骨岬静太郎

青灰色の雲

 深く考え事をするときの習慣というのは人によってさまざまであろう。


 私の場合、電気を消してカーテンを開け、窓から夜空を眺めながら考え事をするという乙女チックなものだ。特に月が綺麗な夜にそうすると心がぼうっとするような心地よい気分に浸れて最高である。逆に月のない夜はつまらないのであまりこの習慣をやらないことにしている。


 もっともそれで考えることと言えば大体が月のごとく綺麗な恋人が欲しいだのと言った愚にもつかない恋愛妄想なのだが、今日の考え事はいつもより少しばかり深刻でいい気分に浸れるようなものではなかった。




 友達の幸せを願えなかったのだ。




 今日の夜空に月は無く、ただ青灰色の雲だけしか目に入らなかったが私の今の心境にはぴったりだと思った。






◇◇◇






 今日の夕方の事だった。




「告白された!?」


「ああ」




 聞きたいことがあると幼馴染である友人の家に呼びだされた私に、奴はそう言った。


 なんでも昼休みに告白されたらしい。友人とは長い付き合いだがこんなことを聞いたのは初めてだった。




「だ、誰に?」


「後輩の女子からだよ。俺が図書委員で図書室にいる時にちらちら俺を見ている子」 




 その子については知っていた。私がたまに友人と一緒に図書室に行くときに見かけることがあったからだ。




「ああ、あの子ね。それでどうしたの? あんま浮かない顔だから断ったのか?」




 今から考えるともしかしたらこの時の私の言葉は願望が無意識に出たのかもしれない。




「いや、とりあえず少し考えさせてくれって言って保留にしておいた」


「そう……」


「それでお前さんに聞きたいことというのはな……お前さんあの子のこと好きか?」


「え、どうしてそんなことを聞くんだ?」


「いや、もしもお前さんがあの子のこと好きだったらまずいかなと思ってさ。友達と気まずい関係になるのも嫌だしな」




 奴が女である私にこんなことを訪ねるのは私がレズビアンだからだろう。以前とあることが原因で彼にはそれを告げているのだ。




「もし私が好きだといったらどうするつもりだ?」


「告白は断るよ。ああ安心しろお前さんの名前は出さない。タイプじゃないと言って断るつもりだ」


「別に好きじゃないと言ったら?」


「え、そりゃそん時は……どうしようかな? 俺の方から断る理由も特にないし、何事も経験だし、付き合った方がいいかなぁ? あはは」




 屈託のない浮かれた調子で友人はそう言った。


 恐らく奴はあの子のことは大して好きでも嫌いでも無かったのだろう。


 私もまぁ同じようなものだった。あの子の容姿は悪くないと思うがタイプではないので別に好きでも嫌いでもない。特に後腐れもなく抱けるのなら抱くが、まぁ別に付き合えなかったとしても惜しいとも思わない。通学途中に見かけるちょっとかわいい子と同じぐらいの関心の存在であった。




 ならば友達として付き合うように背中を押してあげてもよかったのだろうが……。




「じゃあ付き合わないで欲しい」




 私はそうできなかった。




「そうか、あの子のこと好きなのかー残念」


「いや、別にあの子のことはたいして興味ない」


「ん? じゃあなんでだ?」


「……わからない」




 実際よくわからなかった。ただなんとなく、しかし強烈に彼に付き合ってほしくなかったのだ。




「そんなんで付き合うな、なんて言われてもな。理由ぐらい聞きたいぜ」


「なんでなんだろうな………………ごめん。本当にわからない。……だから……付き合っても……文句は言わない。私の意見より自分の気持ちを大事にした方がいいと思う」


「……そうか。まぁ告白されたのは俺だしな。いずれにせよ返事は明日言うことになっている。今日ゆっくり考えて彼女に返事を伝えるよ」




 彼女、か……もうすでに奴は付き合うつもりなのだろうなと私は思った。




「そうか……」


「あぁ、ありがとうな相談に乗ってくれて」


「別に……友達なんだから当たり前だ……じゃあもう帰るぞ」


「またな」


「……」


 またな、と言おうと思ったが、なんとなく言えずに私は黙って奴の家から去った。


 帰る途中雨が降ったが、傘をさす気にはなれなかった。


 




◇◇◇






 そうして私は雨の中、家に帰り、相談は解決した。


 ――なのに未だに私は夜空を眺めながらモヤモヤと悩んでいる


 私はなぜ嫌なのだろうか。理由が分からない。


 あの子が好きな訳ではない。ではなぜ?


 最早私が悩む必要はないのにも関わらず、家に帰ってからの私の思考は理由の解析から離れられなかった。




〇考えられる理由その一


『軽薄な動機で付き合われる彼女が可哀想だから』




 そもそも奴は私があの子のことを好きだと言ったら振るつもりだったのだ。


 そんな薄っぺらい好意に付き合わされる彼女が可哀想だという気持ちはなくもない。


 だがこれは正直理由としては弱い。なぜかというと彼女が奴より軽薄そうな男と付き合うみたいな想像をしても私の心はちっとも痛まないからだ。


 というわけでこれはそんなに主な理由ではないだろう。




〇考えられる理由その二


『やっぱり彼女が好き』




 表層意識で気付いていないだけで深層心理では私は彼女の事が好きだから、奴と付き合うのが嫌なのだろうか?


 ……どうだろう? 正直なところ顔の記憶も薄ぼんやりしているし、ぶっちゃけさっき軽薄そうな男と付き合う想像しても全く心が痛まなかった時点で多分違う。


 まぁ抱きたいっちゃ抱きたいけど、恋というのはもっとこう……ドキドキしてフワフワして、その人と一緒にいるだけで幸せみたいな感じで、頭がとろけるようなものなのだ。


 ……そういや最近性欲を抱くことはあれど恋はしてないな。なんかこう……いい感じの女の子が空から降って来たりとかしてくれないかな……。


 思考が脱線しかけている、戻そう。






〇考えられる理由その三


『彼女が嫌いだから』




 逆に私は彼女のことが嫌いで友人がそんな女と付き合うのが嫌なのだろうか?


 ……まぁレズビアンと言えどムカつく女や嫌いな女というのはいるわけである。むしろレズビアンだからこそ女の好みにうるさく厳しい判定をしているのかもしれない。


 とりあえず心に浮かんだムカつく女と友人がデートしている姿を想像したがこれは不快な気分になったから私はまぁ彼が嫌いな女と付き合ったりしたら嫌な気分になるのだろう。


 でも別に彼女とは私の間には接点も無いから特に性格とかあんま知らないしなぁ。外見が生理的に嫌いなタイプというわけでもない。


 ということでこの説はありえないため却下。




〇考えられる理由その四


『友人の事が嫌いだから』




 彼女ではなく私は友人こそを憎み、奴の幸せを妨害しようとしているのだろうか?


 そんなわけないと思いたいのだが……もしかしたら心のどこかにそういう思いがあるのかもしれない。


 思い出してみよう。友人は私に何か嫌なことをしたことがあったであろうか?




 ……特に思い当たらない。むしろ私の方が恨まれそうなことを結構している気がする。


 うーん……強いてそれっぽいのあげるなら小学生時代に告白されたことぐらいだろうか。あれはびっくりした。まさかそんなことが起きるとは思わなかったのだ。幸い(奴にとってはそうではないのかもしれないけれど)すぐに私が女が好きだということを理解してくれて諦めてくれたからよかったものの、どうしてもそのあとしばらく気まずい感じになったのは困ったものだった。


 とはいえあれも別に友人が悪いわけではないしなぁ。無論私が悪いわけでもないのだが。


 もうあれも小学生の頃の出来事だし、今となってはわだかまりもなく普通に仲もよい。彼ならともかく振った側である私がいつまでもそんなことを引きずっているのはなんだか駄目だと思う。


 それに私はやはり友人の事はいい奴だと思うし、一緒にいて楽しい。嫌ってはいないと思う。そもそも振った時もそういう目で見ることができないから振ったのであって嫌いだから振ったわけではなかった。


 ……うーん……もしかして……?




〇考えられる理由その五


『友人と遊べる時間が減るのが嫌だから』


 私には奴以外に友達というものがいない。


 いやまぁおしゃべりするぐらいのクラスメイトはいるが、休日に一緒に遊んだりするようなのは奴だけなのである。


 私は昔から女同士特有のノリというものがあまり合わないせいか貴重な休日を特に好きでもない女の子と一緒に遊んだりすることに費やす気になれなかった。


 そして私は好きになった女の子には奥手になるタイプでなんというかスムーズに仲良くなることができない。一緒に遊ぶ約束を取り付けるどころか世間話すら上手くできない自信がある。


 だからといって男子のノリもあんまり好かないし、なんというか八方ふさがりなのである。 


 そういった事情のため長いこと付き合えている友人は今のところ幼馴染の奴だけで、休日はもっぱら奴と遊んだりして過ごしているのである。


 もし奴が彼女と付き合ったりしたら今みたいに一緒に遊ぶことはしづらくなる。


 まぁそりゃそうだろう。私は女だ。いくらレズビアンであるからと言っても彼女を差し置いて二人きりで遊びまくっていたらあらぬ疑いをかけられる可能性は大である。


 じゃあ三人で遊べばいいかというと……私が彼女の立場だったらごめんだな。恋人とは二人きりでいたいものだ。


 それに万一彼女がそういうことに理解ある人間だったとしても、奴がそこら辺を気にして距離置くかもしれんし、なにより私が気を遣うし嫌だ。今みたいに遊ぶことはしづらくなるだろう。


 そうなることをイメージするとなんだかつらくなってきた。多分これが主な理由なんだろう。




 ひとまずの結論が出たので私はカーテンを閉めてベッドに寝転んだ。




 ……もうあんまり遊べなくなるのだろうか……? 寂しくなるし……疎遠になるのかなぁ……? 私の休日が一人でだらだらするばっかになるのかなぁ……?


 ……やっぱり嫌だなぁ。付き合わないで欲しい。




「はぁー」




 ため息が自然に出た。




 ……でもなんもできんよなぁ。友人の恋を邪魔するとか駄目だよなぁ……友達ならあいつの幸せを願うべきだよなぁ……嫌だな……願えない……私、断ってしまえって思っている。自分にとって都合のいい友人のままでいてくれって祈ってしまう。彼の幸せを祈れない。




 嘘ついちまうか? 私やっぱりあの子のこと好きだから断れって? そうすれば付き合わないでくれるかなぁ…………でも友達に嘘なんて言いたくないなぁ…………本当の事はもっと言いたくないけれど。




「はぁ……」 




 ……たかだか友達なんだから別に悩まずに祝福すりゃいいのに……どうしてもする気になれない…………もしかして……好きなのかなぁ……奴のこと……?




 どうなんだろう……? 私は物心ついたころには女が好きだった記憶があるぐらいの生粋のレズビアンで……そんな私が奴のことを好きって……ねぇ……?


 友達としては確かにいいやつだし女ならよかったのになぁと思ったことはあるが……うーん……。




 思春期の迷妄でストレート、いわゆるノンケの女の子が同性を好きになることがあるように……私もこの時期特有の気の迷いでレズビアンなのに男である奴のことを好きになってしまったのか……?


 だから別の女と付き合うのがこんなに嫌なのか……?




 ……それならまぁ少しは気分が楽になる。自分は他の女と恋愛するつもりなのに友達には恋愛を禁じ、自分に都合のいい友人であれというおぞましい願いよりかはかわいらしい気持ちだろう。なにより、説明が簡単だ。




 …………いけるか………………? 




 手をつなぐらいは……まぁいいな……。


 キスは………人工呼吸しないといけないとかギリギリの状況ならできそうだから…………いけるかもしれない。


 じゃあ抱くのは…………………………








 …………駄目だな……。やはり男は抱く気にも抱かれる気にもなれない。ごつごつとした男の体よりも女のすべすべして柔らかそうな体の方が好きなのは変えられない。


 あいつのすべてを受け止められないのだ。恋人や奥さんになるのはこれじゃあ無理だ……私は友達までしかできない。




 私はあいつが好きなんじゃない。都合のいい友人のままでいて欲しいという気持ちにおぞましく執着しているだけなのだ


 嫌な女だなぁ私……好きだったら言えるのになぁ…………私が奴のこと好きだったら……断れって言えるのに……好きじゃないからなにもできないんだなぁ……見送るぐらいしかできないんだなぁ……。




「はぁ…………」




 どうしようもないなぁ私………………寂しいなぁ…………どうしよう…………なにもできないよ…………。




 電気を消した部屋の中で私は無力感と寂しさに包まれていた。


 外ではまたざぁざぁと雨が降りだし始めていた。




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