苦楽の選択

じゃー

苦楽の選択

その日の帰り、寄り道したのはほんの気まぐれだった。



いつもなら友達や幼馴染である莉菜(りな)と下校したり、遊びに行ったりしている。

それが偶然にも皆の用事ということで今日はない。

まあ、こんなこともあるだろう。


「なんか、一人って久しぶりだな……」


そう呟いてしまうほど、本当に久しかった。

思い返しても前がいつだったか思い出せない。

単独行動に少しだけ気分が高鳴って、普段は通らない道を選択する。


「誰かと一緒だと同じ道しか通らないからな」


予め決められたコースのように同じところを行ったり来たりする毎日。

当然といえば当然。学校の位置も家の位置も変わらないのだから。

でもそれだと刺激に飽きてしまう。

だから、その日の寄り道もその刺激を求めての行動だったのだ。


「こんな場所あったんだな。……こっちにはこんな店も!」


自分が住んでいる街とはいえ知らない場所だらけなのは理解していたが、頭の中の理解と目の当たりにするのとでは捉え方が違うかった。

楽しいと素直に思えた。

そんな時、違和感のある道を捉えた。


「なん、だ……これ……」


違和感の正体を言葉で言い表すことはできない。

視界に映るのはなんの変哲もない道。しかし、直感で何かが変だと告げている。

嫌な汗が止まらないが、確かめずにはいられなかった。

この正体はなんだ――――。


「煌(こう)君、こんなところで何してるの?」


「――ッ!?」


不意に後方から話しかけられ、動揺を隠せない。

だから声の正体にも一瞬気づかなかった。


「な、なんだ……莉菜かよ」


「なんでそんなに焦ってるの?」


不思議そうにしながらも俺の反応を面白おかしく笑う莉菜。

確かに後ろから声をかけただけでこの反応は滑稽だろう。


「いや、この道が変で……な?」


莉菜にそう説明しながら振り向いて見ると、さっきとは違ってなんの違和感もないただの道だった。


「その道が変?」


俺の言葉に首を傾げながらも莉菜は俺の隣に来て、一緒に道を観察する。


「なにもないけど?」


「……おかしいな、ただの道だな」


さっきの強烈な違和感は跡形もなく消え去っていた。

でも、確かに感じた違和感。

そのよくわからない状況に俺もわけがわからなくなった。


「変な煌君」


「そんなことより、用があったんじゃねーのか」


その結果、俺はこの得体も知れない違和感を発見する事となったのだ。

文句の一つぐらい言ってやりたいし、悪態をつくのも許してほしい。


「少し先生に呼ばれてただけだし、すぐ終わったよ」


「なんだよ、そんだけなら待ってたのによ」


俺の言葉を聞いて、莉菜は嬉しそうにはにかむ。

でも、すぐに口元はにやけに変わっていた。


「煌君はそんなに私と帰りたかったの?」


からかうようなそんな口調に俺は言葉を濁す。


「そういうわけじゃねーけど……」


「私は一緒に帰りたかったから今度からは言うね」


こういうことを平気で言ってくるのがずるい。

こんな言葉にうまく返すことなんて俺には出来ない。


「あ、あぁ……」


「ふふっ、帰ろ」


頷く事しか俺には出来なかったが、莉菜はそれで満足したのか嬉しそうに笑うのだった。



◆◆◆



次の日、一週間。そして、二週間が経過してもあの強烈な違和感を頭の中から払拭できないでいた。


「なんだったんだ、あれは……」


未だわからないものをいくら考えても答えが出てくるわけもなく、堂々巡りを続けるだけだった。

でも、確かな方法も考えついていた。


それは――――。


「今日寄るとこあるからパスな」


「えー……」


「今日は遊ぼうって言ってたじゃん」


俺の反応に友達はブーブーと文句を言っていた。


「明日もあるだろ。今日だけ、な」


「まぁ、いいけど」


渋々ながらも今日は解散になった。


「じゃあ、帰ろっか」


帰り支度を済ませた莉菜が提案することに、今日は縦に首を振らない。


「悪いけど、今日は莉菜一人で帰ってくれ」


「えっ?」


俺の言葉に心底驚いていた。


「行きたい場所があるなら付き合うよ?」


「いや、すぐ終わるし一人で行ってくるよ。その代わり帰りに家に寄っていくよ」


「ん、わかった。早く来てね」


「あぁ」


「それじゃあね」と、言葉を残して莉菜は一足先に帰宅した。

方法とは直接確かめに行くことだった。

不安と戸惑いで二週間躊躇してしまったが、今日は絶対に確かめに行く。

そう覚悟を決めていく。

大層な気持ち構えで行くことを決めたが、案外何にもないのだろうとも思っている。

そう気楽に考えることで、足取り軽く目的の場所まで歩みを進められた。

そう思ってるなら確認の必要なんてないだろうとも思うかもしれないけれど、モヤは晴らしておきたい。


この考えを改めるのは再びあの道を直視した瞬間だった。


「っ!!」


この強烈な違和感は二週間前のもの。

何度確認しても違和感の正体はわからない。

何が俺にここまで思わせているのか知りたい。


「行くか……」


ゆっくりと歩みを進める足を止めたのはまたしても同じ人物だった。


「待って!!」


「……なんでここにいるんだ、莉菜」


足を止めたのは莉菜だった。

ここに来ることは言ってないし、先に帰らせたはずなのに何故。

その事ばかりが頭の中を駆け巡った。


「そ、それは……煌君が心配になって」


「そんな大したことじゃないだろ……」


「…………」


心配、その意味がわからなかった。

俺は散々違和感だの嫌な感覚だの言ってはいるが、実際行うことといえば、通ったことのない道を通るだけ。

――――たったそれだけのことなのだ。


そんなことをわざわざ心配するだろうか。いや、普通はしない。

それだけでこの現状が普通じゃないことが理解できるし、莉菜が何かを隠していることが伺える。

黙ったまま、俯く莉菜からは何も語られないと悟り、俺は徐に歩みを進めようとした。


「ダメ!!」


莉菜は俺とその道を遮るかの様に立ちはだかる。


「何がそんなにダメなんだ、説明してくれよ」


「説明は出来ないけど、ダメったらダメ」


理由が説明出来ないのに、他人を縛ることなんて出来ない。

俺は莉菜を押しのけながら、道の方へとゆっくりとゆっくりと近づいていく。

莉菜は口では止めようとしているが、抵抗はそんなにしてこなかった。


「戻れなくなる……」


消え入りそうに発せられた莉菜の声にハッとする。

泣きそうになりながら俺を止めたい理由が本当に検討もつかなかった。

しかし、彼女の言葉を真に受け止めると、ここが分岐点なのだろう。

進んでしまっては戻れない、戻るのなら今だ。そう言われたのだ。


「……」


「……」


莉菜に向き合うと、真剣な表情を浮かべていた。

だから、俺も真剣に思考を繰り返した。


「……もしかしたら、莉菜の忠告の方が正しいのかもしれない」


「だったら――」


「でも、俺は行くよ。違和感から目を瞑ったままではいられないからな」


悲しそうな瞳で、最後の抵抗のように俺へと手を伸ばし歩み寄ってきた莉菜だったが、その腕が俺を掴むことはなかった。


「わかった」


諦めたように手をプランとさせた後、そう呟いた。


「悪いな」


冷静に見ると、この時の会話は本当におかしいと思う。

結局、道を通る通らないの話なのだから。

しかし、その時の彼女の真剣さ、一生懸命さが冗談だとは思えないし、結果を知った今となってはあれも致し方なかったと思う。


違和感の感じた道を歩いても歩いても特に何事もなかった。

そんな俺の後ろを莉菜はついてくる。

その表情は暗かった。

莉菜を気にかけながら歩いて道は終わりを迎え、開けた場所へと出ようしていた。


「特に何にもないじゃん。びびらせ……んなっ!?」


言葉は最後まで発する前に思考が停止する。

目の前に広がる景色に理解が追いつかない。


「わけがわからねえよ。どうなってん……だ?」


信じられない光景。

その道の先には世界の終わり、この街の終わりが存在していた。

例えるなら、この街以外は設計途中、そんな光景だった。


「なんだよ、どういう状況だよ!?」


隔絶された空間、切り取られた空間、創られた空間。

どれが正解なのかはわからないが、非現実その言葉だけが木霊する。

事情を知っているであろう莉菜に荒い口調で尋ねることしか俺には出来ない。


「煌君、ここは現実じゃないんだよ」



◆◆◆



彼女の口から告げられた言葉を鵜呑みすることは俺には出来なかった。


「は?現実じゃないってそんなわけ――」


こんな光景を見せられても俺はまだ否定を繰り返す。


「ここはね、煌君に都合がいいように創られた世界。可愛い幼馴染がいて友達が大勢いる、煌君が人気者な世界」


「そんなことあるわけないだろ。大体自分で可愛いとか言うのかよ」


自然と関係ないことを言って話を逸らそうとしてしまう。

それも彼女の言葉で一蹴されてしまう。


「そう『設定』されているからね」


「痛いのは脳内だけにしとけよ」


そんなことを考える奴でもないし、こんなときにこんな冗談を言うような奴じゃないことを俺が一番理解している。

それでも、否定をやめてしまうと彼女の言葉を肯定してしまうみたいじゃないか。


「……じゃあ、クラスの友達の名前言える?」


「言えるに決まってるだろ。あれだろ、えーと…………あれ?」


「言えないでしょ。『設定』されてないもの」


「ッ!!」


昨日カラオケに行った奴も、一昨日ボーリングをしたメンバーも誰一人として顔も名前も出てこない。


「彼らに設定されている唯一は、煌君に違和感なく友達と認識してもらうこと。ただそれだけだから」


「そんなことって……」


否定しようにも記憶の中で友達と思っていた奴らは誰ひとりとして出てこない。

頭のどこかでは段々と莉菜の言葉を認めていっている自分がいた。

そう、考えたほうがすべての辻褄があってしまう。


「本当にここは創られた世界なのか?」


「そう、この街だけ煌君用に創られた世界」


当然のことを話すように堂々と真実を告げる莉菜。

そんな現実を受け止められるのか。


「でも、いいじゃん。そんなことは忘れてまた一緒に楽しく過ごそうよ」


「……は?」


俺の考えも虚しく、彼女はこの世界の受け入れ、寛容を俺に求めてくる。


「現実に戻ったって絶望しか待ってないし、こっちのほうが楽しいよ。希望と娯楽に溢れている方がいいでしょ?」


「いや、そうかもしれないけど」


そういうわけにもいかないだろう。

確かに人は苦と楽の選択を強いられると、多くの人間が楽を選択するだろう。

しかし、苦しい現実か楽な仮想では話が違ってくる。


「知ってしまったら俺は現実に帰りたい」


俺はどんだけ苦しくても現実に戻りたい。


「ここなら絶対安全だし、何不自由なく幸せに過ごすことができるんだよ」


俺は無言のまま首を横にふる。

それを見た莉菜が泣きそうになりながらも言葉を続ける。


「現実なんて理不尽なだけだし、夢も希望もないし……あと、あと……」


どれだけ言葉紡いだとしても俺は納得しない。

だから俺の意志をのせて強く、しっかりと伝える。


「それでも、俺は現実に生きる」


「……やっぱりそう言うよね」


俺の選択を予め知っていたかのように莉菜は悲しく笑う。

その表情は俺の中にモヤモヤした気持ちを生み出した。

やりきれない、そう思った。


「じゃあ、しょうがない。現実に戻してあげる」


簡単にそう言う莉菜。


「可能なのか?」


「そもそも、この世界は煌君のための世界だからね。煌君が拒絶するなら戻れるようになっているの」


「じゃあ、そもそもこの世界は誰が創ったんだよ」


「んー、内緒」


「そこは教えてくれないのかよ」


何でも答えてくれるわけでもないのな。

莉菜は笑いながら「現実に戻ったらわかるよ」と。

色々聞きたいことは後から湧いてきそうだが、まだ現実感がなくてそんなにスムーズに思考が回らない。

現実じゃなくて仮想だから仮想感なのか?どっちでもいいや。

もう一つだけ気になっていることを俺は質問した。


「最後に教えてくれ。今まで俺はこの世界に違和感も持たなかったし持とうとも思っていなかった。

 そんな俺が何故このタイミングで気づいたんだ?そもそもこんな大きな欠陥をなんで隠そうとしていないんだ?」


根本的な話、友達の存在を違和感内容に設定できるのなら、俺がこの街に疑念を持つというのも制限出来たはず。

そもそも、行動を縛っておけばこの場所に来られることもなかったわけだし。

入念なくせに穴だらけだ。

俺には絶対に隠し通そうとしたとは思えなかった。


「そういう『イベント』だからね」


「それはどういう――――」


俺が言葉を言い終わる前に目の前が暗転する。

これで現実へと戻れるのかとどこか納得したが、莉菜の最後の言葉の意味を聞くことは叶わなくなった。



◆◆◆



「……?」


見慣れない天井が見える。

先程までのことを鮮明に覚えており、これで現実に戻ってきたのだと理解する。

その天井に手を伸ばすと、その前に何かに当たる。


「ここは……」


見慣れないカプセルのようなものに俺は入っていて、寝転んでいる状態だった。

手探りでそのカプセルを開けようと試みると、そのカプセルの縁にスイッチを見つけたので押して見る。

プシュという音とともに透明なカプセルが開く。


「開いたか……」


起き上がって部屋を見渡すと、同じようなカプセルがいくつも並んでいた。

開いているものもあれば閉まっているものもある。

正直、この部屋の感想としては無機質というのが当てはまっているだろう。

壁に唯一ある扉に向かって歩き出す。


それは頭で理解していても、確かな戻ってきた証拠を俺は欲したためだった。

しかし、すぐにその行動は後悔することとなった。


「なんだよ、これ……」


扉を出て最初に出てきた言葉はそれだった。

視界に映るのはえらく長い廊下とその窓から見える『灰色の世界』だった。


「……っ」


俺は言葉を失った。

街などは見えず、廃都市みたいな何もない場所。


「絶望するだけだよ」


莉菜の言葉が脳裏にチラつく。

何が一体、どうなって。

混乱しそうになる思考回路を必死に制御しようとしたところで、あることを思い出す。


――――俺はこの光景を知っている。


「ああ、そうだ……」


混濁した記憶が段々と戻りつつあった。

その中で、たった一つわかったことがある。


「あのカプセルに入り、あのゲームをプレイしたのは俺自身が選んだことだ」


誰かの思惑とか陰謀があったとかではない。俺自身の選択。

この世の中に絶望し、拒絶し、断絶して選択した結果の成れの果て。

俺はこの世界が終わってしまった、滅亡したと知っているのだ。


「あぁ、ああああぁぁあぁ!!!!」


自然に湧き出た嗚咽と涙に逆らわずに俺はそのだだっ広い廊下で泣き崩れた。

俺の叫び声だけが反響する。



◆◆◆



ある日、世界は突如現れた黒い霧によって包まれた。

混乱を巻き起こしたが、害が特になかったため大事には至らなかった。

しかし、それも1ヶ月の間だけだった。


1ヶ月後、その霧のせいで現れた黒い生命体、化物によって人類は蹂躙されていった。

各国にあるシェルターに逃げ込んだ極小数の人間だけが助かったという現状。

だからといって、シェルター内が完全に安全というわけでもない。

現に襲われたシェルターもある。

目的も正体もわからない化物に怯えながら暮らしている人類にある希望が生み出された。


――それがこのゲーム、『Falseness World-偽りの世界-』だった。


人類に残された選択肢は3つ。

化物に立ち向かうか籠城を続けるか、そして、現実から逃げるか。

このゲームは選択肢の3つ目を円滑に実行することができる。

自分の好きなように設定でき、登場人物も自由だ。

そして、このゲームの肝は『現実に戻ってくるか戻ってこないか』を選択できるところだ。


一応このゲームは現実逃避を目的として誰かに制作されたのだが、奮起するためのきっかけとしても制作されている。

現実逃避をして、殺されるまでゲームをプレイするもよし。ゲームプレイ後、現実に戻ってきて希望を見つけるもよし。

多くの人間がこのゲームへと逃げた。俺も例外ではなかった。

違っていたことといえば、俺は現実に戻ってくる方を選択してゲームをプレイした。

だから、あのゲームの中での違和感もそうなるように仕向けられていただけなのだ。


「イベントってそういうことか……」


莉菜の最後の言葉を理解した俺は涙を拭って立ち上がった。

でもそれは、俺が意図した奮起のきっかけを掴んだからではない。

俺の心は地の底まで堕ちていて、もう絶望からあがって来る気はしない。

それでも、俺は立ち上がりゆっくりと歩みを進める。


「……」


再び足を踏み入れた部屋を見渡す。

さっきは気にしなかったカプセルの中に人がいるか見回った。

男女が合わせて8人、この部屋には存在していた。

そのいずれもゲームをプレイ中である。


「こんな世界、絶望するなって方が無理な話だよな……」


かっこよく俺はあの選択をしたというのにこうもあっさりと覆るとは思わなかった。

薄っすらと乾いた笑いを浮かべる。

震える手を押さえながら、俺はゆっくりと再びゲームの電源を入れた。



――――苦しい現実よりも楽な仮想を俺は今回も選択した。

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苦楽の選択 じゃー @zyasyakku

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