彼方の芽吹き
白部令士
彼方の芽吹き
精霊王の森、東のピクシー村ポヨド。
なにやら森が騒がしいのは分かっていたけれど、私達はいつものように歌い舞っていた。
「おおい。集まれぇっ。広場に集まれぇっ」
「村長が招集をかけたぞぉっ。おおい」
お昼近くになって、私達は村の広場に集められた。広場にはエルフ娘がいて、私達に恭しく一礼した。
「私は、カル・アジェインの王エシュカルオンが三女エシュカルテ。今日はお願いがあって参りました」
エルフ娘はエシュカルテと名乗った。カル・アジェインは精霊王の森一番のエルフ国家だった。
「初めに、言っておかなければなりません。残念なお知らせがあります」
エシュカルテは、集まった私達を見渡した。
「カル・アジェインは滅びました。精霊王たる王樹も朽ちようとしている。この森は、もう終わりです」
周囲からどよめきが起こる。
「一体、なにがあったというんだね?」
村長のエグが尋ねます。
「人間族の国々が結託し、攻め込んできたのです。深い森は魔物を養うというのが、あの者らの言い分でした」
エシュカルテが細くしなやかな指で目尻を撫でました。
騒がしいとは思っていたけれど、まさか人間族との争いとは。
「とんでもない。ここは精霊王の森だというのに」
「魔物など。馬鹿げている」
皆が口々に怒りを零します。
「ええ。本当に人間族は愚かしい。どこの森にでもいるような生き物達の他は、エルフやピクシー、ユニコーンに精霊、善なる古竜マイスオルテと精霊王たる王樹が在るのみだというのに。三百年前の神魔戦争では、私達が人間族を助けたというのに」
エシュカルテは唇を噛み、耐えるように前方を見据えた。
「あいつらは五十年前、同じように神魔戦争で助けてもらった丘ドワーフの国をほろぼしている。人間族はどうしようもない。下の下だ」
村長エグが、嫌悪もあらわに吐き捨てた。
「ドワーフ達はお粗末でした。同じ樽の酒を呑んだ者同士だからと人間族を信用し、精霊銀を扱う術まで教えてしまったのですから」
精霊銀を独占的に扱えていたからこそ、エルフやドワーフは数の多い人間族と対等の関係を築けていたのだ。
「善なる古竜マイスオルテは、王都に留まり人間共を抑えてくれています。今のうちに逃れてください」
「そんなことを言われても。なぁ?」
「うん。どこに行けばいいのやら。私達は、どこにでも住めるとは言い難い」
皆が戸惑いの声を零しました。
エシュカルテは頷いて、腰袋を外しました。袋の口を開くと、なかには黄金の種が詰まっています。
「先程、お願いがあると口にしましたよね? これは精霊王――王樹の種です。ユニコーン達が必死に集めてくれました。あなた方にはこの種を運んで頂きたいのです」
「運ぶ? どこにだね」
村長エグが尋ねました。
「どこへでも。人間族がまだ踏み入れてない土地へ。その地で種を芽吹かせ、精霊王を、精霊王の森を復活させて頂きたいのです」
「おお。責任重大だな。危険も伴うだろう。だか、喜んで協力しよう。我々は、広く遠くまで種を運ぶ。広く、遠く。羽から魔力の粉の全てが落ちようとも」
と、村長エグが告げれば、広場中が賛同に湧いた。
「有り難うございます。カル・アジェインを代表して感謝します」
エシュカルテは笑みを向けた。
「お願いします。お願いしますね」
エシュカルテは種を手に取ると、私達一人ひとりに手渡しました。
私もエシュカルテから直に種を受け取りました。
「貴女様はどうするのです? 私達と共に旅立ちますか?」
出過ぎたことのような気もしたが、思い切って訊いてみる。
「私はこの森と共に。まだ弓は引けます」
「そんな。無茶です」
「幼い子らを逃さねばなりませんから。幼い子らが王樹の芽生えた地に辿り着いた時には、受け入れてあげてくださいね?」
エシュカルテは微笑んだ。優しいけれど、命の宿る強さがあった。
「分かりました。その時には、必ず」
私はどうにか堪え、精一杯頷いた。
私の旅が始まる。
(おわり)
彼方の芽吹き 白部令士 @rei55panta
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