ウチの探検隊の話

七戸寧子 / 栗饅頭

本編

 最近のわたくしの居場所は探検隊拠点の屋根の上。

 隣の湖はキラキラと輝いていて、私の手の内の『キラキラ』と同じようだった。両手で包むように持つ、虹色のキラキラが五つ。

 その綺麗さがなんだか憎らしい。


 ふと、この建物から遠くに伸びる道の上に人影を見つける。


 来た。


 屋根から立ち上がり、メイド服の襟を整えて地面に降り立つ。近づいてくる人影に両手を突き出して、手の内のキラキラを差し出す。


「来てくれたからってわけじゃないけど、これあげるわ」


 やっぱり、は名前の通りキラキラしている。


 わたくしの目の前の人影……隊長さんと、真逆。目が死んでいて、光がない。こんな輝きのないヒト、セルリアンだって見向きもしないだろう。

 わたくしが両手で差し出したキラキラは呆気なく無視された。


「もちろん、明日も来るわよね?」


 キラキラと同じように、私の言葉も無視。

 もう慣れたものだが、気持ちがいいものではない。


「明日もちゃんと用意しておくから……約束よ」


 後ろ姿にそう投げかけても、隊長さんは振り返りもしなかった。


 隊長さんは郵便受けだけ確認して帰っていった。

 ピクニックに行くのにジャパリパンを置いていくように頼もうとしたが、さっき無視されたことを思い出すと喋りかけるのは躊躇われた。


 隊長さんに直接受け取って貰えなかったキラキラは、探検隊の倉庫に置いておく。毎日何かしら用意しておくが、最近は無視されて一人ここに置きに来てを繰り返している。


 昔は、差し出すキラキラよりもキラキラした笑顔で受け取ってくれたのに。



 ◇◇◇



 倉庫で荷物を整理していると、遠くの方で「あっちいって!」という声が聞こえてきた。もうそんなことにも慣れた。おそらく、今頃ミナミコアリクイかブラックジャガーがしょんぼりと耳を垂らしている頃だ。


 声の主はマレーバク。

 ……あの子は、一番隊長さんに可愛がられてたから。


 隊長さんが今みたいになる前、探検隊はあの子が最前線でセルリアンを退治していた。弱気で、特別強い子だったわけではないけど、隊長さんがみっちり鍛えたので実力はトップクラスだった。


 昔は「あっちいって!」という声もセルリアンに向けられていたのに、今じゃ親友にそんな心無い言葉を投げつけている。


 人見知りがちで疑心暗鬼な性格していた彼女は、招待状を受け取ってここに入隊した時から随分成長した。実力的なこともそうだが、隊長さんに「なにか裏があるんじゃ……」なんて言って怯えていた頃よりずっと社交的になった。


 ……けれど、隊長さんが今のようになってしまってから、この調子。一番親しかった彼女の相手すらしなくなり、既に一ヶ月が経つ。


 疑心暗鬼なりに、ゆっくりと隊長さんに心を開いた彼女だからこそ裏切られたような気持ちが強いのだろう。完全に塞ぎ込んでしまい、ミナミコアリクイもブラックジャガーも手を焼く有様だ。


 時々部屋から出る彼女はやつれていて、隊長さんから貰って嬉しそうにしていたお出かけ用の服は涙の染みでまだらになっていた。

 わたくしのメイド服とそっくり。



 ◇◇◇



 みんな隊長さんを心配していた。

 というのも、隊長さんはみんなが持つ物語を聞くのが好きな人で、みんなと仲良くなろうとしていたのだ。

 いつもマレーバクやツチノコ達が戦闘を引っ張り、経験の浅い子も現場に連れていく。そうして経験を積ませながら、仲を深めていく。指示は上手じゃなかったけど、いい隊長さんだった。


 でも、みんなと仲を深めることができたわけじゃない。どうしても一斉にみんなと仲良くなることはできないから、順番ができてしまう。隊長さんだって後回しにしたかったわけではないだろうけど、今のように無気力なヒトになる前に仲良くなれなかった子はいくらかいる。


 後は、今のようになってしまってから入隊した子。


 例えば……


「はわわ……お腹が空きました」


 この子、ホワイトライオン。


「ジャパリコロネ、食べる?」


「はわわ、いいんですかぁ?」


「いいのよ、200個以上備蓄があるから。隊長さんもあんな感じだし、少し減っても気付かないわ」


 コロネを渡すと、彼女は嬉しそうにそれにかぶりついた。ぺろりと平らげてしまってから、眉をひそめてため息をつく。


「足りなかった?」


「それもそうですが……あの隊長さん、なんというか……いえ、なんでもないですぅ」


 言わんとしていることはわかる。


 腕に自信があって、活躍するつもりで入隊してきた彼女やヒグマはいつも不満そうだ。ホワイトライオンなんて、入隊してから今までで一度も戦闘に出たことがない。そもそも、ここ三週間くらい全くセルリアンを退治に行ってないのだ。


 ヒグマはミナミコアリクイ、ホワイトライオンはライオンがなだめているからまだ何とかなっているけれど、いつ出ていってもおかしくない。むしろ、まだ誰も脱退しようとする子がいないのが意外なくらいだ。隊長さんがやる気に満ちていた頃を知っているからだろうか。


 あの頃が懐かしい。



 ◇◇◇



 拠点の掃除をしていたら、廊下を駆けていくドールにすれ違った。


 隊長さんと違って精力的な副隊長さんは、今日もあの看板の前で隊長さんを待つつもりらしい。

 時々、リビングのベッドで疲れを癒している時に「たいちょーさーん……こっち……ですよー……」と寝言を漏らしている。見ているこっちが辛くなる。


 その後を追うように、ぐったりした様子のミーアキャットも廊下を通った。ドールの授業が終わったばかりなのだろう。授業を終えるなり、ドールは飛び出して行ったというところか。


 ミーア先生も、教え子に教えてあげればいいものを。


「待っても隊長さんは来ない」


 って。


 でも、きっとドールはそんなことを言われたってあそこで隊長さんを待つのだ。

 だって、ミーアキャットもわたくしもそうだから。

 あの頃の隊長さんが帰ってくるのを、ずっとまま待ってる。どうせドールもミーアキャットもわたくしも、前線で戦わせてもらえるわけではないのに。

 だからこそ、ミーアキャットもドールに何も言わないのだろう。何も言えない、というのが正しいかもしれないが。



 ◇◇◇



 日が沈み、みんなが寝静まった頃。

 探検隊の道具の整備や掃除などの、アシスタントとしてのわたくしの仕事──半ば趣味のようなものだけど──も終わり、自分の時間に入る。

 メイド服に穴が空いてしまったので、裁縫道具を借りてきて直すことにした。


 不慣れな裁縫、どうしても指に針の先が触れて痛い思いをすることが多い。


「いてっ」


 そう、独り口に出した時にそれを心配する声があった。


「大丈夫?」


 とっても安心する、わたくしが入隊する前からずっと仲良くしてくれた声。


「アフリカゾウ、まだ起きてたの」


「まーねー。お裁縫なら、私やるよー?」


「いいわよ。あなたは明日に備えて寝なさい」


「オオフラミンゴより私の方が上手なの知ってるでしょ〜?」


「……ありがと、お願いするわ」


 アフリカゾウは器用で、私が苦労していた裁縫をさらさらと終えてしまった。メイド服も元通り。


「これで明日からも着てお仕事ができるわ」


 毎日の積み重ねで汚れがたまったメイド服。もちろん洗濯はするが、洗えば新品のようになるというものでもない。我らが探検隊にアライグマはいないし。


「……ねぇ、オオフラミンゴはいつまでアシスタントするの?」


「さぁ? 隊長さんが外すまでよ。もっとも、こんな優秀なアシスタントを外すとは思えないけれど」


 半分冗談、半分本気で鼻を鳴らして見せたが、アフリカゾウは眉をひそめていた。


「……なによ?」


「……二人で、探検隊辞めない?」


 ……ああ。そっか。

 ついにこういうところまで来たか。

 ツンツンしてる私にすら優しくしてくれたこの子すら、隊長さんに愛想を尽かすようになってしまったか。

 わかってて、試しに聞く。


「……なんで?」


「私、知ってるんだ。オオフラミンゴのメイド服の染み、涙でできてるって」


 つい、「はぁ?」と返してしまう。ちょっぴり恥ずかしい。この子に泣き顔は見られたくなかったのだけれど。


「オオフラミンゴは、隊長さんとの付き合いも長いからさ。きっと昔の隊長さんに戻ってくれるって信じてるのかもしれないけどさ……」


 彼女が言う通り、わたくしと隊長さんは長い付き合いだ。探検隊の隊長がミライさんから今の隊長さんになった日からここの隊員をしている。


 懐かしい。りりーすきねん招待……?とやらと間違えて、通常のキラキラ便で招待状を撒いてしまって少々凹んでいる隊長さんの元に、私とマレーバクの二人がやってきたのだ。

 本当は強いフレンズに来てほしかったのだろうけれど、隊長はわたくし達を歓迎してくれた。今では考えられないが、当時はまだマレーバクは前線メンバーではなく、ドールとミーアキャット、サバンナシマウマにわたくしが加わってセルリアンを退治していたのだ。


 後からシロサイクロサイや、ツチノコが加わって前線のメンバーはどんどん入れ替わっていった。

 わたくしはしばらく戦っていたが、強いフレンズに押されて戦闘メンバーからは外れた。その後、ドールが担当していたアシスタントにわたくしが着任したのだ。マレーバクを半ば贔屓するみたいに可愛がるようになってからも、アシスタントの仕事はわたくしが担当していた。

 戦闘に出るわけではないのにピクニックに行かせてもらい、けも級を上げてこのメイド服を貰った。


 ……今も、わたくしはピクニックのメンバーだ。

 どうせこれ以上あの小さな石を集めても、使い道はないのに。未来の可能性に賭けてくれているのだろう。

 そのピクニックも、最近はまばらにしか行かないが。昔は家が恋しくなるくらい外にいたのに。


 なんで今のようになってしまったのだろう。


「ほら、オオフラミンゴ……悲しそう」


 一瞬忘れかけていた、隣のアフリカゾウに顔を覗き込まれる。気がつくと、わたくしの頬を温かで冷ややかなものが伝っていた。


「いやね、わたくしったら」


 メイド服の袖で顔を擦ると、わたくしの顔から涙は消えた。代わりに、このメイド服がまた悲しみで汚れる。


「メイド服のオオフラミンゴも素敵だけど、私はいつもの服の方が好き。今の服、悲しくて辛い匂いがする」


 彼女がしんみりとした話をすることは滅多にない。

 ほろほろと彼女の瞳から零れるものが、わたくしの為に分泌されたものだと思うと申し訳なくなってきた。


「オオフラミンゴがこの仕事を好きでやってるのもわかってる。でも、このままじゃ身体も心も壊れちゃうよ……」


「大丈夫、そんなに脆くないわ」


「私に強がりは通じないよ〜?」


 そう涙目で微笑む彼女。その笑顔と、目を細めた分流れ出た涙に何も言い返せなかった。

 不意に、ぐっと体を引っ張られる。彼女のマフラーがわたくしの服を掴んでいた。そのまま両腕で受け止められて、アフリカゾウに抱かれるようにされながら、優しい声で、夜の闇に溶けそうな小さな声でわたくしに最初の問いを繰り返した。


「ねぇ、私、オオフラミンゴが辛そうなのもうイヤだよ。私と一緒に、探検隊辞めよう?」


「……悪いけれど、わたくしはもう少しここにいるわ。いい環境ではないから、アフリカゾウが辞めるのを止めはしないけど」


「……今辞めたら、サービスでパオパオしてあげるよ?」


「ぱっ、パオパオはいいからっ!」


 そこまで話したところで、アフリカゾウはわたくしを放した。


「オオフラミンゴが残るなら、私も残るよ〜。でも、無理するようだったらお鼻で引っ張っていっちゃうからね」


「わかったわ、無理はしない。約束よ」


「うん。早く隊長さんが前みたいになってくれるといいね」


「そしたら、またわたくしとあなたで戦いましょうね」


 アフリカゾウと交わす指切り。

 なんだか、とても温かい。


「ねぇ、久々にオオフラミンゴの踊りがみたいな」


「ふふ、もう遅いからまた明日ね」


「じゃあ明日本調子になるようにパオパオしてあげなきゃね」


「だからパオパオは……え、ちょっ



 ◇◇◇



 朝だ。

 屋根に登って、隊長さんが来るのを待たなきゃ。


 きっと今日も来る。

 死んだ顔でも、来るだけ来る。「約束よ」って言ったから、きっと来る。


 それでまた、「約束よ」って今日も言う。

 きっと、毎日ここに来るうちに元気になった姿を見せてくれる。根拠はない。


 でも、それまでここは綺麗にしておくから。フレンズのみんなを励ましながら、待ってるから。


 だからまた、探検に行きましょう?




 隊長さん。

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