宇宙の酒蔵

@woodenface

第1話

 遥か昔。ある惑星において、数々の偶然と数奇な進化の末に現在の宇宙でヒュームと呼ばれる種族は誕生した。


 初めは群れることでしか他の動物に対抗できなかったヒュームだが、群れる中で統率と知性、そして技術を高めた彼らはやがて惑星でも冠たる生物種となり、惑星のあらゆる場所で繁栄していく。


 しかし、彼らの母星は脅威たるものを失くしたヒュームたちを養っていくにはあまりにも狭すぎた。

 地を埋め尽くす勢いで増えていった彼らは、その問題を解決するべく高めた技術力をもって遥か空の果て「宇宙」を渡る船を作り出し、まだ見ぬ大海へと漕ぎ出してくことを決めた。


 ある者は空に煌めく星々の傍に新たな母星があることを信じて、ある者は彼らの母星についぞ誕生することのなかったヒュームを友と呼べるだけの知性を宿した生物を見つけることを望み、ある者はいまだ知られぬ法則に支配された全く新しい世界を夢見て船へと乗り込んだ。


 ほんの小さな石礫いしつぶてに命をおびやかされながら、永住するには難しい星で補給を済ませ、自らの母星を知らぬ者を増やしながら彼らは進んでいった。


 そしてついに、彼らはそれぞれの探していた物を見つけるに至る。



 その星は、彼らヒュームが暮らしていた母星に似た環境で、命を容易たやすく奪う病も少なく、彼らとは祖を別にする知性体たちがこの星にしか存在しない物質を利用した特殊な社会を構築していた。


 この星の知性体たちは十分な文明を築いており、当初危ぶまれていた敵対的接触は起こらず、平和裏にヒュームたちは交流を深めた。


 多くの者たちは「この地こそ我らが父祖の悲願」と船を降りてこの星を母星とすることを決めたが、少数の者たちは地に足が着いた生活に馴染むことができず、再び船を駆り空の大海に漕ぎ出すことを望んだ。


 しかし抜けた穴を彼らだけで補うことは難しく、仕方なくこの星の者たちに宇宙へと旅立つつもりはないかと募ることになった。


 有翼人ゆうよくじんは広い空間で日常的に飛び回る必要があり、限られた船内では生活できず涙をのんだ。

 魚類人ぎょるいじんは綺麗な水が大量に必要で湿度が一定以上ないと体調を崩すことが多く、豊富に水のある故郷を離れることを望まなかった。

 四足獣人しそくじゅうじんは強く旅立ちに参加することを望んだが、ヒュームのために作られた船内にはヒュームよりはるかに大きい彼らが入りきらないことは明らかだった。


 結局彼らの求めに応じたのはこの星の種族の残り一つ、石窟人せっくつじんであった。

 彼らは金属などの加工に先天の才があり、ヒュームとの交流で最も業績を伸ばした種族といっていい。

 石窟人は現地語で「ドゥ・ウァーゥフ」。正確な発音はヒュームには身体の構造上不可能なため便宜上べんぎじょう、ヒュームの伝承になぞらえてドワーフと呼ばれている。

 熱に非常に強く、体も頑健。粗食にも耐え、船の整備の戦力にもなる為ヒュームたちは喜んで彼らを船員に迎え入れた。


 石窟人を加えたヒュームたちの船が再び星を旅立って幾星霜。宇宙は探索可能宙域はほぼすべて探索されたといっていい。

 現在では船の技術も進歩し、星から星への移動も一週間もかからない。

 船の中で有翼人たちは飛行を楽しみ、魚類人は水浴びをして、四足獣人は走り回る。

 しかしどの船にも必ず、石窟人たちは乗り組んでいる。

 今では彼ら以上に船に詳しい者たちはいないからだ。


 ……だから、船の食堂ではいつものように彼らの声がこだまする。


「まだじゃ! まだ飲み足りん!」

「早う酒を持ってこんか!」

「ぐぁっはっはっは! この前の星の酒は最高じゃのう!」



 彼らは、「まだ見ぬ酒」のために船に乗ったのだから。

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