第11話 代価として命を奪った



 人類は、滅亡の危機を乗り越え、平和な世界を手に入れた。


 そのような宣言で行われた平和の式典は、世界を平和に導いた功労者である勇者の望みで開かれた。もちろん、勇者が望まなくても似たようなものは開催されただろうが。


 勇者の望むまま、平和の式典は高原で行われた。高原にある大きな石の上に勇者とその一行が立ち並び、勇者召喚を行ったアーカン王国の王族も居並ぶ。

 石の周りには、城の中枢を担う貴族が石を囲うように配置され、その外にその他の貴族が石に近い順から高位の貴族になるように配置されている。


 さらに、それを囲う豪商など、貴族のような爵位はないが裕福な家の者たち、それを囲う平民。以前ならば、さらにそれを囲う貧民がいたはずだが、勇者の活動のおかげか全くそういう者はいない。ただ、貧民がいるかのように間を開けて、一番外側に罪人が石を囲う人々を囲うように配置されている。


 それにどのような意図があるのか、勇者以外はまだ知らない。




 パカッ


 石の中央で、勇者は金のペンダントのふたを開けた。


「やっぱり、そうだよね・・・」

「いかがなさいましたか?」

「いや、少し確認をしただけ。予定通りだよ。」


 勇者に信仰心を抱く神官が、勇者のすぐそばに立つ。勇者は、それに少しだけ気を緩めたが、この関係性が崩れるのではと不安に思う。それは、これから勇者が行うことが、明らかにごまかしようがない、非人道的なことであるからだ。


「この世界を滅ぼそう。」

「え?」


 唐突な神官の言葉に面を食らう勇者。それを見て、いたずらが成功したかのように、無邪気に神官は笑った。


「もし、そう言われたとしても、私はあなたに従いますよ、勇者様。」

「・・・冗談ってわけ?神官もそういう冗談が言えるんだね。」

「冗談ではありませんよ。何も知らなくても、わからなくても、あなた様を信じてあなた様に従います。だって、私の目は確かで、その目はあなた様が従うに値する方だと判断したのですら。」

「・・・僕は、そんなたいそうな人間じゃないよ。大切な友人一人だって、救うことができない、名前だけの勇者だ。」


 そっと目を瞑る勇者。その脳裏には、前の世界、オーソルドでの出来事がよみがえっていた。




 平和を祝して、各国で平和のパレードを行い、そのすべてに参加をした勇者は、最後の平和のパレードに参加後、その足で城へと向かった。


 最後に平和のパレードが行われた国の城。親友の待つ城へ。


 勇者が親友の部屋へとノックもなしに飛び込めば、親友は苦笑しながらも彼を迎い入れた。


「生まれたか!」

「気が早いよ、全く・・・」


 親友の部屋には、親友とその妻がいた。

 親友は立ち上がって彼を迎え、妻は身重のため、ソファに腰を掛けた状態で勇者を迎える。


 勇者は許しを得てその新しい生命の宿るお腹に触れて、親友の妻にお祝いを伝えてから親友と共に場所を移して、杯を交わした。




「おめでとう。」

「ありがとう。」


「本当に、ありがとう。君は、僕にとって救世主で恋のキューピットだよ。世界を救ってくれるだけでもありがたいというのに、僕たちの仲も取り持ってくれて・・・君のおかげで、つまらない政略結婚にならずに済んだ。」

「大げさだよ。俺は、全部運命だったんだと思う。魔王が倒されるのも、お前らが心から結ばれるのも・・・運命だったんだよ。」

「そうだとしても、実際にそれを成し遂げてくれたのは君だ。本当にありがとう。」

「やめろよ、照れ臭い。」

「ふふふっ!」

「ははっ!」


 勇者は、この時一番幸せだった。

 魔王を倒し、世界が平和になると思っていたから。

 親友の夫婦仲が良くなって、これから親友が幸せに生きていくと、それを間近で見られると思っていたから。


 数時間後に、すべてを失うことになるなど思っていなかった。




 人類が勇者を除き滅亡し、勇者は英知を得ることになった。

 それは、きっと神なるものの意志だ。その意志によって英知を得た勇者は、疑問のすべての答えを知ることになり、自分の行為が人類を滅亡に追いやったことを知る。


 人類滅亡理由は、許容量を超えたから。違反を犯したからと言ってもいい。


 オーソルドでは、人類が存在して良い数が決まっていた。その数を超えたせいで、違反した人類は罰を受けて滅亡させられたのだ。


 なぜそれが、勇者が人類を滅亡に追いやったことになるのかといえば、魔王を倒したから。魔王は、人類の数を調整するために生まれた、人間が許容範囲を超える数にならないように調整する役目を持った、いわば神の使いだ。

 それを殺してしまったので、人類は許容量を超えるという罪を犯してしまった。


 なぜそれが罪なのか?簡単な話だ。




「神が、そう決めたから。」


 石の上に立ち、人々を見下ろす勇者の胸元で、ペンダントが太陽の光を反射する。

 勇者は魔法を使って、集まった人々に自分の声が届くようにした。


「さぁ、代償を払ってもらうとしようか。代価と最初に伝えたね。まずはそう、僕を召喚した代価を、未払いだった代価を払ってもらうことにしよう。」


 唐突な勇者の発言に戸惑う人々を置いてけぼりにして、勇者は手を上げた。同時に石とそれを囲う人々から少し離れた場所にいる罪人たちの足元から、火柱が上がる。


 さらに混乱が広がる人々を、慈悲深い微笑みで勇者は見渡した。


「まだ、足りないよ?さて、残りの代価はだれが払うのかな?」




 この代価は、支払わなければ滅亡するもの。だから、誰かが払わないと。

 可哀そうに、本当に可哀そうに。代価を支払わなければならないこの世界の人々は、ドルミートの人々は、アーカン王国人は、この場に集まった彼ら・・・僕に見つかってしまった、スラム出身の者たち。


「可哀そうに。」


 どこまでも哀れんだ勇者は、できる限りの慈悲を与える。


 せめて、苦しまずに。


 せめて、恨む対象が手の届く存在であるように。


 せめて、神が敵だったと、圧倒的な存在を敵として見なければいけないことに、気づかないように。




 神が敵だったなんて知った僕は、とてつもない絶望を感じたよ。せめて、それは感じないように、すべての罪を僕が被ろう。




 前の世界オーソルドで許容量を超えたのは・・・親友の子が生まれたからだったなんて、悲しいから僕のせいにしよう。


 この世界ドルミートで生きられる人数が決まっているなんて、悲しいことしか起こらないだろうから、僕のせいにして数を減らそう。




 悪魔は、平和の式典という甘言で人々を騙し、地獄絵図を作り出した。


 逃げ惑う人々を殺し、自らの身を捧げて他者の生を願った者をあえて生かした。何一つ希望を叶えず、ただ悪魔の望むまま人々は殺された。


 勇者の皮を被った・・・勇者を詐称した悪魔。


 彼の極悪非道を後世に伝えられる理由を、ドルミートの人々が知ることはない。




 すべては、悪魔勇者の望みのままに―――



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悪魔勇者 製作する黒猫 @seisakusurukuroneko

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