第8話 悪戯に犠牲を増やし



 温泉で有名な町を出て、小さな町や村をいくつも周って、遠回りしたが遂に魔王城まで3日とかからない距離にある町へと来た、勇者一行。


 勇者、神官、女騎士、暗殺者。スラム出身の者たち60名。

 200名以上の犠牲を出して、やっとここまでたどり着いた彼らの結束は、強く保たれている。全ては、勇者のために。勇者の願いは、人類のためだと信じて。


 勇者の思惑通り、すべてが順調に進んでいた。だが、それはひどく胸を痛めることなのだと、計画したときには気づかなかった勇者は、たった一人で過去を振り返っていた。




 小さいながらもしっかりとした作りの宿屋の部屋で、勇者は一人月明りを浴びながら、手に持つペンダントのふたを開けた。


パカッ。


「・・・勇者召喚はこれで2回目。だから、今度こそ僕はこの世界を救ってみせよう。それが、僕を救ってくれたこの国への恩返しだ。」




 どこにでもあるような話。

 魔物が現れて人を襲い、その魔物を統率する魔王が人類を滅ぼそうとしている。


 勝てない。人類にあるのは勇者召喚という希望のみ。


 世界名「オーソルド」にある国々は、共同で勇者召喚を行い、成功。そして、召喚された勇者は、見事魔王を倒し人類に平和をもたらした。

 各国で行われた平和のパレードに参加をし、すべてが終わった勇者は親友の王子の城で暮らすことになった。


 そこで、悲劇は起こった・・・


 テラスで星を眺めていた勇者の耳に、大勢の悲鳴が届く。

 何事かと中へ戻れば、一人のメイドが勇者に向かって悲痛な表情をして、手を伸ばしてきた。


「勇者様!お助けを!」

「どうした!?何があった!?」

「急に・・・みんなが・・・血が・・・があぁああああああああぁ」


 パンっ


「は?」


 メイドが消えた。

 いや、メイドが破裂したのを、勇者ははっきりとその目で捉えてしまった。だが、それを理解できなくて、理解したくなくて、勇者は思考を停止する。


「何?」


 ぴちゃっ


 無意識に踏み出した一歩が、水音を発した。水たまりに足を踏み入れてしまったような音に、ここは屋内だという情報を頭によぎらせて下に視線を移した。


 そこには、赤い血だまりができている。


「は?」


 これは、ペンキか?いいや、血だまりだ。

 メイドの血だ。


「何が起こって・・・はっ!」


 勇者は異常事態が起きているのだとやっと理解して、親友のもとへと走った。何ができるかとかは考えていない。ただ、親友のもとへ行かなければという思いで走る。



 結論、親友は見つからなかった。


 結論、それ以降人を見つけられなかった。


 結論・・・勇者以外の人類は滅亡した。




―――お前のせいで、お前以外の人類が滅亡した。


―――お前も、もうすぐ死ぬ。


 頭に流れ込んでくる情報は、すべて真実だということを勇者は本能で感じた。このようなこと、初めての体験だったがその情報が真実だという確信が勇者にはあった。


「嘘・・・だろ。」


 その問いに、情報は答えて、勇者はすべてを知って後悔した。


「俺のせいだ・・・俺が・・・」


 人類を滅亡に追いやった後悔と共に、自分が死ぬことに対する恐怖が襲い掛かった勇者は、どうにもできずにうずくまって震えた。


「死にたくない・・・嫌だ、死にたくない!」


 その願いにも、情報は答えた。


―――お前は求められている。その手を取れば、助かる。


 その情報が入ってくると同時に、勇者の目の前に眩い光を放つ魔法陣が現れた。それは、この世界に召喚された時に踏みつけた魔法陣と同じだ。


―――召喚陣


「また、俺に人類滅亡の手伝いをさせる気か?」


―――それは、お前次第。


「・・・俺次第・・・」


 次に召喚される世界の人類を滅ぼすか滅ぼさないか。全てを知った勇者の手にゆだねられている。

 己の手を睨みつける勇者。この手は、人類を救うと見せかけて、人類を滅ぼした。


 何も知らずに召喚されて、何も知らずに人類を滅亡させた今回とは違う。全てを知った次回の転移がすぐ目の前にあった。


「今度こそは・・・」


 唇をかみしめて、決意を固めた勇者の耳が音を拾う。


 カツンっ。


 音の方に目を向けると、そこには金色の懐中時計のようなものが落ちていた。


「これは・・・」


「そうか。」


 入ってきた情報でそれを理解すると、懐中時計のような金のペンダントを拾って首にかけた。それが終わると、勇者は迷いなく魔法陣に足を踏み入れる。




 こうして、世界名「ドルミート」にある人間の国の一つ、アーカン王国へと勇者は召喚された。そのことが、歴史上最悪の出来事と語り継がれることになる。




「僕がしていることは、後世に悪魔と罵られることだ。それでも僕は、知っているからその行いをすることをためらわない。ためらってはいけない。ためらっては、オーソルドの人類が滅んだことに意味がなくなってしまう。」


 この世界を救うことが、オーソルドの人類滅亡に意味を持たせることができる。


「どれだけの人の命を奪っても、どれだけの人の不幸を作り上げたとしても、僕はこの世界の人々を必ず守ってみせる。滅ぼされるなんてことさせない。」



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