第9話 人質を見捨て



 まがまがしい空気を放つ古城。

 空は曇天、いつ雨が降ってもおかしくないような湿っぽい風が吹く。


「遂に、来ましたね。」


 勇者一行は、魔王城のすぐ目の前までたどり着いた。


 女騎士が剣を抜いて前に出る。女騎士の視線の先には、門番と思わしき鎧を着た骸骨がいる。スケルトンなどという下級の魔物とは思えない威圧感を感じ、神官は女騎士に神聖付与の魔法をかける。


「あれは、恐らく魔王の右腕じゃないかな?」

「魔王の右腕ですか?確かに、ただのスケルトンとは思えませんが・・・」


 勇者の呟きに、神官は首をかしげながらも否定はしない。


「神官は、女騎士とアレを倒して欲しい。その間に僕たちは先に行かせてもらうよ。」

「わかりました。すぐに倒して追いかけます。」

「勇者様、ご武運を!」

「2人こそね。」


 勇者は2人に微笑みかけた後、暗殺者とスラム出身の者たち23名と共に古城へと侵入する。薄暗い古城の中を少し進むと、暗殺者が唐突に勇者の前に出た。


 ひゅんっ


 勇者に向かって放たれた矢を、暗殺者は剣で弾き飛ばす。


「どうやら、魔王の左腕がいるようだね。」

「・・・」

「暗殺者、頼んでいいかい?」


 勇者の言葉に頷き答えた暗殺者は、その気配を消した。


「先に進もう。おそらく、この先に魔王がいる。準備はいいかい?」

「もちろんです!」

「俺たち、必ず役に立って見せます!」


 負けることなど考えていない、やる気に満ちた声が勇者に応える。それを聞いた勇者は、その瞳に一瞬の迷いを浮かべるが、それはすぐに消えて彼らに微笑んだ。


「ありがとう。」




 大きな扉の前に来た勇者は、気負わずにその扉を開ける。重々しい音を立てて扉を開いて、勇者は先陣を切って中に入った。


 前の世界と同じだな。


 玉座に座る魔王とその後ろに控える魔王の側近を見て、既視感を覚えた勇者。前の世界でも、魔王は玉座に座って勇者を見下ろしていたのだ。


 この魔王は、前の世界の魔王とは正反対なのに、こういうところは変わらないんだな。


 勇者は進む。魔王が罠を張っているのに気づいたが、勇者は気づいていないふりをして、魔王と目を合わせながら魔王に近づいた。

 勇者が罠を素通りし、勇者の後ろから続く者たちが罠の効果範囲に入る。


 そこで、魔王が手を上げた。


 カシャンっ


「え?」

「な、勇者様!」


 勇者の後ろで、檻の中に入ってしまった仲間たち。戸惑いの声を上げる彼らとは対照に、勇者、魔王とその側近は落ち着いていた。


「悪いが、彼らは人質として捕えさせてもらった。」


 うまくいったとほくそ笑むことなく、魔王は真剣な表情で勇者に声をかける。勇者はそんな魔王にいつものような微笑みを向けた。


「それで?」

「勘違いしないで欲しい。俺は、お前たち人間に危害を加えるつもりはない。ただ、話を聞いて欲しいのだ。」

「聞く価値がないように思えるけど、とりあえず聞いてあげるよ。」


 勇者が聞く態度を見せたので、魔王は少しだけ気を緩めた様子で話を始めた。側近は、緊張した面持ちでその様子をうかがい、勇者の背後の仲間は動揺しながらも魔王の話に耳を傾ける。


「先に言っておくが、俺は、人類を滅ぼすつもりはない。魔王が人類を滅ぼす存在というのは、ただの迷信だ。」

「・・・迷信ね。」

「本当の話だ。俺は、配下に一度も人類を滅ぼせと命令したことはない。確かに、いくつかの人間の国とは争いを起こしたが、それはあちらから攻撃を仕掛けてきたからだ。」


 勇者は、目の前の魔王の言っていることは、本当のことだろうと思っている。魔王からは誠実さがにじみ出ているし、実際噂話を集めた段階で魔王に人類を滅亡させる意思がないことは何となくわかった。


 この世界で魔王に滅ぼされた国というのはいくつかあるが、すべて人間側が魔王に何かしら仕掛けていた。領土侵入や配下への攻撃など、明らかに人間側に非があるものだ。


「それで?」

「俺を魔王ではなく、ただの王として見てもらいたい。人間たちの国の王と同じように、ただの一国の王と。俺を魔王と見るから、このような争いが起きるのだ。俺とて、国を滅ぼしたくて滅ぼしたわけではない。偏見を捨て、共に生きようではないか。」

「・・・」


 明らかな罠と思える発言。しかし、魔王は本気でそれを望んでいて、それは勇者も理解していた。

 問題は多いが、魔王が人類の敵ではなくなるとしたら、人類の危機はなくなるとこの世界の人間は思うだろう。だが、勇者は違った。


「君、馬鹿だよね?」

「・・・信じてもらえなかったか・・・」


 勇者の言葉に、魔王は自身の言葉を信用してもらえなかったのだと思うが、それは違う。


 勇者は振り返って、にっこり微笑んだ。振り返った先にいる檻に閉じ込められた仲間たちは、自分たちが勇者の枷になっていると理解して、勇者に声をかけた。


「勇者様、ありがとうございました!俺、幸せでした!」

「私、今も幸せです!」

「なっ、俺もだよ!だから、勇者様・・・悲しまないでください!」


 檻の中で、仲間たちはそれぞれの得物を自らの首にあてる。その表情は、恐怖の一つもなく、これから幸せなことが待っているかのような、すべてを達成して満足したような、微笑み。


「・・・」

「貴様ら、何を!」


 微笑んで動じない勇者とは対称に、魔王は狼狽した。



 次の瞬間、檻は血に染まった。



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