第7話 無意味な死を喜び



 少し前まで敵同士だった。勇者のもとに来て強い絆が生まれると、仲間になっていた。


 温泉宿で、雑魚寝をするスラム出身の者たち。

 仲間の死を悼む気持ちよりも、よくやったと褒めてやりたい気持ちが沸き上がる彼らは、なかなか眠りにつけない。

 勇者のために尽くすこと。彼らの存在意義はそれ一つだ。


「それにしても、勇者様すごかったな!」

「うんうん!あのドラゴンがしっぽを巻いて逃げちゃったものね!」

「一睨みでドラゴンが逃げ出すなんて、やっぱり強いんだなぁ。」

「当たり前だろ!だって、勇者様なんだから!」


「でも、ドラゴンを、力を使わずに追い払えるなら・・・」


 死んだ騎士、魔術師、同郷の者たちの顔が次々と浮かぶ。彼らの死は何だったのか?彼らを救うことができたのではないか?


「結果良ければ、すべてよし・・・勇者様が言っていたじゃないか。」


 勇者と過ごすうちに、彼らは生きるために犯してきた罪を重く感じ、幸せな生活をこのまま送ってもいいのかと考え始めた時がある。自分たちは罪人であるのに、こんなに幸せでいいのかと。

 そのとき勇者が言った言葉だ。


「結果良ければ、すべてよし。君たちがどうやって生きてきたかというのは大切なことだけど、人生半分もまだ君たちは生きていない。挽回のチャンスはいくらでもあるし、これからどう生きるか、何を成すかが大切じゃない?」



「勇者様は、今回お力を使わなかった。だから、あいつらの死も無駄じゃない。もしかしたら、あいつらの抵抗がドラゴンを弱らせていて、勇者様と戦う気を失くさせたかもしれないだろ?」

「・・・そうかもな。いや、きっとそうだ!」


 仲間の死は、無駄じゃなかった。そう納得して、納得させて・・・彼らは自らの存在意義を思い出した。


 いつの日か、自分たちも・・・

 本気で、勇者のためにその命を使いたいと、彼らは心底望む。




 休日。

 勇者の思惑とは反対に、スラム出身の者たちは、剣を手に取り鍛錬をする。


 それを遠くから見守る勇者に、女騎士が声をかけた。


「みんな、勇者様の役に立ちたいんですよ。あなた様のような、誰もが見捨てた彼らに慈悲をお与えになるお方の役に。」


 勇者はスラム出身の者たちをじっくりと観察した後、女騎士に向き直って笑顔を向ける。


「嬉しいよ。君たちの心には、何度も救われる。僕は、迷いなく最後の時まで最善の行動をするよ。それが、君たちに対する最大の感謝になると思うから。」

「よくわかりませんが、彼らに感謝しているというのを聞いたら、彼らも喜ぶでしょうね。あなた様の役に立ちたいと願っているようですから。」


 勇者は悲しそうに微笑んで、そっとその場を後にした。

 女騎士は、勇者が悲しんだ理由を、彼らが命を懸けて勇者の役に立つという意志があるからだろうと理解した。

 それは最大の忠義だが、優しい勇者は彼らに死んでほしくない。命などかけて欲しくないのだろう。


「仕えるのに申し分のないお方・・・私も、忠誠を誓わせていただきます。」


 遠くに見える勇者の背中に向かって、女騎士は跪いた。




 勇者は、一人で大浴場を訪れる。

 体をさっと洗って、露天風呂へと向かった。木製の扉を開けば、大きな露天風呂があり、そこで一人の老人が肩まで湯につかっていた。


「見ない顔じゃな。初めてかい?」

「うん。ここは初めて来るよ。見ない顔ってことは・・・ここにはよく通っているのかな?」


 会話をしながら、勇者は湯につかる。老人をじっと見つめて、勇者は哀れみの表情を浮かべた。


「余生をここで過ごそうかと思ってな・・・ここに通って3年になる。この温泉は、不老長寿の効能があるというが、今更わしが不老となってもな・・・ふぉっふぉっふぉっ。」


「長寿ねぇ。君はいくつなの?」

「幼子に問うようじゃな。58だ。」

「まだまだこれからだね。いや、この世界では十分長寿な方なのかな?」

「長く生きた。生き過ぎたくらいじゃよ。」

「そう。」

「そうじゃ。わしの戦友など、みんな30半ばで先に逝ってしまった・・・女房など、30になる前に・・・わしは生き過ぎた。」


 遠い目をする老人に、勇者は微笑みかける。


「なら、もう逝くかい?」

「冗談はよせ。わしはまだまだ生きるぞい!みんなの分まで生きて、後世に何かを残せればと思っておる。」

「後世に何か・・・って、何を残すつもり?」

「さて。わしの出汁でも残そうかの。」


 笑って湯の中で泳ぎだす老人を見て、勇者は思わず噴き出した。


「なんじゃ、ちゃんと笑えるようじゃの。」

「笑えるよ。いつも、笑っているよ。」

「さっきの顔のことか?あんなの笑っているうちに入らんわい。」


「そうだね。・・・どうしても、哀れに思ってしまって・・・この世界の人たちは、本当に哀れだよ。」

「まるで、別の世界から来たという物言いじゃな・・・そういえば、召喚という魔法があったのぅ。確か、別の世界から優秀な人間を迎い入れるという魔法だったか・・・」


「勇者を召喚する魔法だよ。とは言っても、僕は勇者なんて大層なものじゃないけどね。」


 光輝く太陽に向かって手を伸ばす勇者。


「眩しいな・・・」

「当たり前じゃ。目が焼けるぞ?」



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