第6話 敵を取らず



 氷で作ったかのような刀身の剣を構え、勇者は上空を飛ぶドラゴンの様子をうかがう。


 馬車は勇者を避けるようにして先に進み、馬車を追っていたはずのドラゴンは勇者に気づいた様子でその動きを止めた。


 数秒間見つめ合った後、ドラゴンはゆっくりと勇者の前に降り立つ。



「これは面白い。あの神が支配する世界で、勇者が神の使いをやっているとはな。」


 ひび割れた声が勇者に降り注ぐ。

 勇者は顔をしかめて後方を見やった。


 仲間たちの馬車が止まり、外へ出てこちらの様子をうかがっている。ドラゴンの声は大きく、彼らにも十分聞こえる声量だ。


「なぜ、僕が勇者だと?」

「先ほど相対した人間共が口々に勇者のためだと叫んでいた。」

「・・・それで、僕に何の用だ?」


 余計なことを言われたらという心配のある勇者だったが、話を聞かなければ追い返すこともできないと、追ってきた理由を尋ねた。


「勇者がいるのなら殺しておこうかと思ったまでだ。この世界は、もう限界だからな。わかっているだろう?」

「承知している。だが、手出しは無用、これは僕の仕事だ。」

「・・・本当に仕事をする気はあるのか?」

「もちろんだ。僕がやらなければどうなるか・・・身をもって知っている。」

「ふむ。ならばいい。それにしても、お前の前任のせいで大変なことになったな。知らないとはいえ、許されないことだ。無知が最も重い罪だと我は思う。」

「同感だ。」


 悔しそうな顔をした勇者に、ドラゴンは納得した様子で話を続けようとして、やめた。


「用事は済んだか?」

「あぁ。我は去ることにしよう。だからそう、殺気を出すではない。」


 余計なことを話せば殺す。勇者は容赦のない瞳をドラゴンに向けていた。

 ドラゴンは、勇者の意をくんで、上空へと飛び上がって、そのままどこかへと飛び去って消えた。




 温泉が有名だという町に着いて、勇者は神官に案内されるまま宿屋の一室に入った。


「ここは王家御用達の宿屋でして、この部屋は実際に陛下も使われたことがある最上級の部屋となっています。」

「広いね~。」


 様々な町や村に行くため、庶民が使うような宿を利用することが多い勇者にとって、この部屋は異様に広く落ち着かない。しかし、神官の好意で用意された部屋だろうと察して、勇者は何も言わずソファに腰を掛けた。


「お疲れのところ申し訳ございませんが、少しだけよろしいでしょうか?」

「どうしたの?特に疲れていないから気にせず話して。」

「では、お言葉に甘えて。そろそろ、勇者様がお救いになられた方たちと別れた方がいいかと思います。この先は、更に魔物も強くなってくるでしょう。」


 立ったまま話し出した神官に、座るように促してから勇者は一時考えた。


「別れることはできないね。」

「左様ですか。ですが、これ以上は彼らの命にかかわります。それでも、彼らを連れて行くのでしょうか?」


 神官は、責めるような口調ではなく、ただ確認を取っているというように勇者に聞く。神官にとっては、勇者が後悔しないのであればどうでもいい話だった。


「今ここで彼らと別れたとして、彼らの生活が元に戻るだけじゃないかな?そうなると、彼らは悪意のある人間に・・・罪を犯すような人間になってしまうだろうね。」

「当面生活に困らないように、生活費を持たせることはできますが?」

「・・・彼らはどうしたいと思う?」

「あなた様と共にいたいと言うでしょうね。しかし、彼らの思いなど不要です。私が叶えたいのは、あなた様の要望です。」

「僕の・・・」

「はい。・・・私はあなた様に仕えております。ですから、どうしたいのか要望をお伝えいただければ、実行に移しましょう。理由を話せないというのであれば、話す必要もありません。」


 神官の言葉に若干目を見開いて驚く勇者。

 少し思案した後、勇者ははっきりと答えた。


「全員連れていく。たとえ、彼らの命を失ったとしても・・・ね。」

「承知いたしました。」


 話が終わり立ち上がって部屋を出ようとする神官を、勇者は呼び止める。


「もしも僕が・・・人類を滅ぼすために、召喚に応じたとしたら・・・どうする?」

「ありえないことですが、もしそうであるなら従いましょう。」


 考える間もなく答える神官。勇者は納得できずに理由を聞くと、それも神官は即答した。


「あなた様が滅ぼさなければならないと思ったのなら、恐らくそうした方が人類のためなのでしょう。」

「どうしてそこまで・・・僕を信用する?」

「そうですね・・・私は自分のことを信じていますので、その自分自身があなた様のことを信用に値すると判断したのです。ですから、迷いなく信じることができます。」

「・・・答えになっていないような気がするけど、いいや。・・・出発だけど、3日後にしよう。その間は、休日だと言ってスラムから来た者たちを楽しませてあげて。」

「わかりました。綺麗な衣服においしい食事、贅沢な風呂を堪能していただきましょう。」

「うん。誰だって、人間らしく生きる権利はあるもんね。たった一度くらい・・・味合わせてあげたいと思う。」


 最後くらいは・・・


 そんな言葉が勇者の口からこぼれた気がしたが、神官は気に留めずに部屋を出た。


 それにしても、人類を滅ぼすためですか。ありえないですね。

 もしも、人類を滅ぼすために召喚に応じたのなら、そうしなければひどい惨劇に見舞われるということです。慈悲深い勇者様が人類を滅ぼす理由など、それくらいしか思いつきませんからね。


「でしたら、もう人類は滅んでいるはずでしょう?」


 慈悲深い勇者様なら、これ以上苦しまないようにと、一瞬ですべてを終わらしてくださるでしょうから。


 それとも、まだ猶予があるのでしょうか?

 惨劇に見舞われる時までの猶予が・・・



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