第5話 慕う者を見捨て
魔王が住むといわれる城に近づくにつれて、魔物の強さは段違いに上がっていく。
魔物が出れば、勇者は馬車に入って戦況を見守り、騎士たちとスラムから来た者たちの中で特に腕の立つ者が応戦する。
怪我をしても神官が癒すため、けが人はゼロ。しかし、死人の数は徐々に増えていった。
それでも、何とか魔物を屠ってきた彼らの前に、圧倒的強者が現れた。どこの世界でも共通の強敵、ドラゴンだ。
「くそ。全然刃が通らない!」
「所詮支給品の剣ね。私が行くわ!」
自前の剣を振りかざし、女騎士がドラゴンに斬りかかる。しかし、ドラゴンの固いうろこに刃を通すことはできず、ダメージを与えられない。
「お前の剣でもダメか。あとは、魔法だな。」
「ふむ。ファイヤーランス!」
呪文を唱え終えた魔術師が、炎魔法最強の攻撃を当てる。
しかし、ドラゴンに当たる直前で魔法は消失した。
「やはり効かぬか。ドラゴンに魔法攻撃は通用せん。」
「くそ。どうすればいい!?このままだと、魔王城にたどり着く前に全滅・・・勇者様だけでも先に行ってもらうか?」
「私もここまでか・・・こんなところで勇者様に力を使わせるわけはいかないし、先に行ってもらいましょう。」
勇者は、魔王討伐のための力を蓄えていると言って、戦闘には参加しない。勇者の力の源である祝福というものは、自然界に存在するもので自然発生するが、使いすぎれば自然の回復が追い付かず、力を発揮できなくなってしまうことがある。
そんな勇者の力を頼ろうというものは、ここにはいなかった。
「女騎士、お前は行け。」
「何を言ってるの!?私も残るに決まって・・・」
「行くのじゃ。ここは、わしと騎士に任せよ。悪いが、この場から去っていいのは女騎士のみじゃよ!」
「わかっているぜ。俺たちはおとりになる。一人くらいなら、ドラゴンも追わねーだろ。」
「俺たちがぞろぞろ逃げたら、俺たちの方に向かってくるだろうしな。」
「勇者様に救っていただいたこの命、ここで使わなくてどこで使うんだよ。」
魔術師の言葉に頼りがいのある返答をしているのは、スラムから来た者たちだ。30名ほどの男たちは、女騎士に思いを託す。
「俺たちの分まで、勇者様の助けになってくれよ、ねーちゃん!」
「頼んだぜ、騎士様よぉ!」
「あなたたち・・・そうね、ここに私一人残っても意味がないわ。」
「お前、出世するって息巻いていたからな。仕方ねーから譲ってやるよ。生き残って、ちゃんと出世しろよ。」
騎士は、女騎士の肩を力強くたたいた。
女騎士は、感傷に浸ってしまい、鼻水をすすった。
「わかっているわ。ここにいるみんなの分、私は出世してやるわよ!・・・ちゃんと、見てなさいよ!」
「あぁ!」
言いたいことはたくさんある。しかし、女騎士はそれだけ言って、踵を返した。礼を言いたいし、謝りたい。だが、それは違うのだろう。それで満足するのは自分の心だけだ。
女騎士は、勇者と神官、暗殺者のいる馬車に入り、先に進むよう促した。
「勝てるの?」
「・・・」
先に行ってくれ・・・彼らがそう言っていることを伝えられた勇者は、真面目な顔をして女騎士に問う。女騎士は、頷いて返した。
「ご心配はいりません。彼らは城一番の騎士と魔術師ですから!」
「・・・」
もちろん、そこまでの腕は彼らにはない。だが、女騎士にとっては、彼らは城一番の立派な男たちなのだ。もちろん、スラム育ちの彼らも、立派な男たちだ。
「わかった。先に進もう。」
「はい。では、出発いたします。」
一緒に話を聞いていた神官と暗殺者は、何も言わなかった。おそらく女騎士の嘘は見抜いている。だが、勇者に力を使ってもらうわけにはいかない。
仕方がないことなんだ。
パカッ。
勇者がペンダントのふたを開けた。それを見る勇者の横顔は、深い悲しみの色に染まっていて、それに気づいた神官が声をかける。
「次の町は温泉が有名です。そこでゆっくり彼らの帰りを待ちましょう。」
「・・・そうだね。」
それから沈黙が馬車の中を支配する。重苦しい空気に耐えかねて何かを話そうと女騎士は話題を探すが、どれもドラゴンと対峙している彼らの話につながってしまう。
彼らは、まだ戦っているだろうか?それとも・・・
ドスンっ・・・
地鳴りが響いて、馬車が大きく揺れた。
攻撃されたのだと判断して、女騎士は外の様子をうかがって、言葉を失った。
「ドラゴン・・・」
先ほどと同じドラゴンが、空を飛んでいる。彼らは、もうこの世にいないのだろうことが分かって、女騎士は深い悲しみに襲われた。
「逃げ切れませんね。他の馬車をおとりに使いましょう。」
勇者の馬車の他に、勇者が救った者たちが乗る馬車が10ほどある。勇者たちの馬車一つと、10の馬車。ドラゴンが狙うのは10の馬車だろう。
強い魔物は、より多くの人間がいる場所を襲う。それがこの世界の常識だった。
「ずっと追われるのも、面倒だと思わない?」
神官の肩に手を置いて、勇者は微笑んだ。
「勇者様・・・ですが。」
勇者がドラゴンを倒すつもりだと気づいて、神官は止める。だが、勇者は取り合わなかった。
「体がなまってもいけないからね。ここは僕にやらせてもらおうか。」
いつもより低い声でそう言って、走る馬車の扉を開けて外へと飛び降りる勇者。慌てて神官が外の様子をうかがえば、見事に着地して剣を構える勇者がいた。
あの剣はどこから?
勇者は普段、帯剣していない。神官は必要であれば用意すると言ったが、勇者は不要だと言っていた。剣は使わないのかと神官は思っていたが、そうではなかったようだ。
勇者が持つのは、氷でできたかのような、芸術的な剣だ。薄水色の刀身は透けて光を通し輝いている。
神官は、恍惚とした表情でその光景を見ていた。
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