第2話 竜騎士団が団長、アンジェラ推して参るッ!!!

「ピィィイイイイイイイイ!!!」


 路地裏を走る走る走るッ!!

 中年の警備兵は警笛を鳴らして俺を追いかけてくる。

 俺の向かった先は大通りだ。

 大通りは人が多く追跡することは困難。

 つまり大通りに出れば俺の勝ち。その前に捕まれば負け。

 ここは昔住んでいた場所、俺の庭みたいなものだ。

 簡単だよな!


「本官から逃げられると思わない事だッ! 追尾する黒猫トレーシングキャットッ!!!」

「くそっ、容赦ねえなッ!!!」


 警備兵は俺の背後から呪文を唱えた。

 俺のすぐ後ろに顔のない猫の影が現れる。


 追尾する黒猫トレーシングキャットは、一種の呪いだ。

 術者本人が解除、もしくは聖職者に解呪してもらうか、教会にある聖水を使わなければ呪い系スキルを解くことはできない。

 つまり、大通りに出ても、俺にこの猫がついてきて場所を特定され、いずれ俺は捕まってしまうって事だ。


 ほぼ負けは確定したわけだがッ!

 だが捕まるわけにはいかない!!!


 大通りに出ると人を縫って走り続ける。

 教会へ行くしか……教会へ行って聖水で解呪するしかない……ッ!!!


 ===


 なんとか持ち前の持久力で追っ手をまいて、教会の庭までたどり着く。


 落雷。

 耳をもつんざく轟音。

 とっさに俺は腕で顔を覆って爆風の砂埃を防ぐ。

 勢いよく地面に小規模なクレーターをあけて突き刺さったもの。

 「槍」だ。

 行く手を阻むように空から槍が降ってくきたのだ。


 砂煙から、装飾の施されたプレートメイル、金色の長髪に碧眼、凛とした顔立ちの女が現れる。

 俺の傭兵時代に戦場でも何度か彼女を見かけた事があった。

 この街で、というかこの国で三本指に入る武芸の達人。

 竜騎士団団長、アンジェラ。

 まともに戦ったら俺は間違いなく「死ぬ」。

 こいつは最高に狂ってるお出迎えってやつだ。

 平和になって竜騎士団も暇になったか……。


 初撃を俺に与えなかったという点が俺の唯一の活路だろう。

 アンジェラは俺を殺す気がなかったって事だからな。


 師匠からの教え、戦場での鉄則その一

 力量差がある強敵と同じ土俵で戦わない。


 俺は戦う覚悟を決めた。

 

「よぉ! 久しぶりだな、アンジェラ!」

「む? ひさしぶり……?」


 彼女の碧眼の上の眉があがる。

 もちろん、アンジェラは俺の事を知らない。俺と直接話しをしたのは今が初めてだ。

 よし、戦闘は避けられそうだ会話ができる。

 これこそが俺の選んだ土俵。会話だ。


「元気そうだなー、急に上から降ってきてびっくりしたぞ! こんなところで何やっているんだ?」

「お、おう……? 貴殿も元気そうだな。某(それがし)は凶悪殺人犯を探している。心当たりがあったら協力してほしいんだが……」


 彼女は俺に歩み寄ると俺の後ろを覗き込む。

 俺の後ろ……?


「あっ!!!!!!」


 うっかり俺の声が漏れる。

 後ろの猫忘れてたぁぁあああっ!!!

 とっさに俺は黒猫を抱き上げた。

 しかし、アンジェラ完全に激昂して問いかけてくる。


「貴様ァ!!! その猫はなんだァ!!! 明らかに呪いの猫ではないか!!!! 妙に馴れ馴れしいと思ったが、犯人か!!!!!」

「おほぉおお、ヨシヨシヨシ! たっ……タマちゃんお姉ちゃんがおっきな声だしてびっくりしたねぇ! 今大好きな干し肉あげるからなァ」


 俺は食い気味に切り返す!! 猫を撫でながら!!!

 猫! お前はタマちゃん! タマちゃんな!


「むむっ……タマちゃん? その猫はタマちゃんというのか?」

「可愛いだろぉ、可愛いタマちゃん……」

「呪いの猫に名前つけるわけないか……。名前なんてつけたら愛着がわいて呪いなんて解けなくなるはず……。疑って済まなかったな」

「全く、呪いの猫と一緒にしないでくれよな。抱っこするか? 猫は嫌いか?」

「べっ別に……嫌いじゃないが……」


 アンジェラさん竜騎士だけに威厳を失わないよう猫好きを隠してるようだが、どう見てもすっごい抱っこしたそう。


 そっと両手で猫の脇を抱えて渡そうとすると急に呪いっぽいノイズが猫に走る。

 これはマズイ。


 猫を受け取ったアンジェラは激昂する。


「貴様ァ!!! この猫はなんだァ!!! 呪いみたいに少し歪んで見えたではないか!!!! 犯人か!!!!!!」

「ばっ、馬鹿にするなぁあああああ!!!!!!!!!」

「ふぇっ?!」


 アンジェラから竜騎士団団長あるまじき可愛い戸惑いの声が出る。

 俺は勢いに任せて畳み掛ける!!!


「確かに呪いみたいに少し歪んで見えたかもしれないがなァ!!! タマちゃんだってなぁッ……、タマちゃんだって一生懸命生きてんだよ!!!!!!」

「……?」

「ほら、よく見てくれよ。可愛いじゃねえか。これが『尊い命』ってやつなんだよ」

「……可愛い、一生懸命生きている……」

「そうだよ」

「一生懸命生きている猫が、呪いのわけがないか……。疑ってすまなかったな」

「タマちゃんがヨシヨシしてほしいって言ってるぞ」

「よしよし、タマちゃ……ッ?!」


 アンジェラは優しく抱きかえて猫と見つめ合う。が――


「貴様ァ!!! この猫はなんだァ!!! 『顔がない』ではないか!!!! 犯人か!!!!!!」

「はい!!!!!」


 流石に言い逃れできなくなった俺、おかしなテンションで返事をする。

 優しく猫を下ろすと、アンジェラは凛とした声で言った。


「茶番は終わりだ!!! 竜騎士団が団長、アンジェラ推して参る!!!!!」

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