第9話 奇妙な関係性

 玄関を出ると、校門のところに小さな人だかりができているのを見つけた。一年以上この高校に通って初めての事象だ。有名人でも現れた、とか。

 怪訝に思いながらも距離を詰めていく。どうやら女子五、六人ほどの集団だ。何かを取り囲むようにして円ができている。


「キャー、かわいい。お人形さんみたい」


「ねー、どこから来たの?」


「外国人かな。日本語わかる?」


「誰か待ってるんでしょ。うちの学校、留学生とかいたんだ~」


 なかなかの盛り上がり様だ。話し声がここまで聞こえてくる。


 まあ俺には関係のない話だし、そのまま素通りを決めこもう。さっさと用事を済ませて、いち早く自宅でゆっくり過ごしたい。


「あ、お兄様!」


「ぐはっ!」


 集団に背を向けたところ、誰かが腰のところに抱きついてきた。

 どうやら思いっきり突っ込んできたらしく、衝撃で身体が大きくよろめく。相手は小柄なようだが、随分と力強い。


 断っておくが、俺には決して妹はいない。完全なる人違いだ。そもそも、今時お兄様っていうのはなかなか……。

 でも、その声にはどこか聞き覚えがあった。


「ねぇ、お兄様。もう学校は終わったの?」


「だーもう、さっきからなんだいったい――って、お前は」


 しがみついてくるのを引き剥がそうとした時、その顔が目に入った。

 西洋人形を思わせる整った顔立ちは、どうみても昨夜のロリ魔術師キャロルのものだった。


 一瞬俺が固まっていると、キャロルは少しだけ顔を曇らせた。どこか悲しそうにも見える。


「ヒドいです、お兄様。実の妹に向かって、お前だなんて」


「……誰が実の妹じゃ!」


「ねえなにあれ。なんかヤバくない?」


「明らかに兄妹には見えないよね、あの二人」


「事案かな、事案だよね」


「先生呼んできた方がいいかも」


 女子生徒の一団のひそひそ声がここまで届いてくる。もはやそれは、ひそひそ声とは呼べないかもしれない。


 ちらりと見ると、かなり怪訝そうに見られているのがわかった。目が合うと、全員一様に顔を背けたが。


 キャロルのやつ、狙ってやってやがる。わざとらしいまでに大きな声、それに真に迫った泣きマネ。

 傍から見れば、西洋の幼女を俺がいじめているようにしか見えない。しかも、とか呼ばせて。


 このままここにいるのはヤバいことになる。女子集団は今にも校舎に向かって駆け出しそうだ。


「わかった、わかった。俺が悪かった。とりあえず、早く行くぞ」


「うん、お兄様!」


 パーッと顔を輝かせる様は、無邪気な幼女にしか見えない。

 だが正体を知っている身からすれば、胡散臭いことこの上ないのだった。


 俺はキャロルの腕を引っ張るようにして、急ぎ足で門を離れた。 



        ◇



 微妙な距離を保ちながら、なんとか自宅近くまで来れた。こんなにも気を遣う下校は人生初めてだ。


「で、あれはなんだったんだ」


 人気がないのを確認して、俺は久しぶりにキャロルの方を見た。

 このロリ、どこまでも涼しげに歩を進めている。なんともまあ腹立たしい。


「なんのことかしら、お兄様?」


「それだ、それ! いったいいつから俺はお前の兄になった」


「えー、気に入らなかった? 喜んでくれると思ったのに」


 ぐすん、と鼻を鳴らして一気に泣き顔を作るキャロル。幼い見た目も相まって、ほんのりと罪悪感を覚えてしまう。

 相手は、残虐非道極まりない破壊魔術の使い手なのに。粉々になったガラスと机を思い出すんだ、俺。


「喜ぶとか喜ばないとかじゃなくて。いきなり変な呼び方されたらびっくりするだろうが」


「これでも気を遣ってあげたんだよ。兄妹ってした方が違和感がないかなーって」


「あきらかに血の繋がりが薄そうな兄妹だけどな」


 よく見なくても、俺たちの風貌は似ても似つかない。そもそも、人種がまるっきり違う。

 俺はどこからどう見ても日本人顔だ。それも地味めの。我ながら、悲しいことだが。


「ということで、これからよろしくお兄様」


「やかましい!」


 どこまでも悪戯めいたキャロルの笑みに、俺はひたすらくたびれた気持ちになるのだった。全く以て前途多難だ。


 ……はぁ。心の中でため息をついて、気持ちを切り替える。今のは序の口。本当に訊きたいことは別にある。


「まあ、それはいいとして。で、何の用だ」


「もちろん、魔術トレーニングのためだよ」


「マジュツトレーニング……」


 またうんざりするようなふざけたワードを。このロリ、いよいよもってどこかに突き出してやろうか。


 とりあえず、わかるように言ってくれと、眉を顰めながら言葉を返す。


「そう言われても、言葉の通りなんだけど……。そうだ、『開闢の魔導書』は当然持ち歩いているよね」


「あんな重たいもん、気軽に持ち運べるか。授業道具だけでもパンパンだっていうのに」


 俺は肩に担いだスクールバッグを叩いてみせた。七時間授業の今日は、普段にもまして道具が多い。

 実際のところは、ジャージバックがあるので、どっこいどっこいなんだけど。


 キャロルはしばらく俺の顔を見つめていたが、突然、顔を顰めてしまった。見るからに呆れている。


「…………はあ。自分の立場っていうのを、しっかり理解する必要があるみたいだね、お兄様は」


「あのキャロルさん、いきなり怖いんですけど」


「ほら、さっさと行くよ。ぐずぐずしないでよね、お兄様?」


 今までずっと後ろを歩いていたキャロルが前に進み出る。

 その大きく速い足取りに、俺は必死でついていった。

 すっかりと立場が逆転――いや、そもそもこれが本来の関係性だったというべきだ。


 俺はまだ何も知らない。あの本のことも、魔術師のことも、キャロル自身のことだって。

 ただ、この不思議な幼女にいきなり巻き込まれてしまっただけなんだから。

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白紙の魔導書は無限の可能性~魔術ガチャを繰り返し、俺は現代の魔術王へと成り上がる~ かきつばた @tubakikakitubata

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