第2話 衝撃的な出会い
伸ばした手を引っ込めて、恐る恐る声が聞こえた方向に首だけで振り返る。
だが、そこには誰もいなかった。
……マジで幽霊なのか。思い返せば、あの声凄いか細くて、妙にウィスパー気味だったし。
なんだろう、背筋が寒いぞ?
「見えるんだよね?」
「ひえっ!」
二度目の声に、反射的に悲鳴を漏らしてしまった。
だって、相手の姿が見えないんじゃ、怖すぎるだろ。子どもの声らしいのが、またなんともそれっぽい。
ただ、今のはなんとなく下の方から聞こえた気がする。
さすがに首だけとはいかなくて、少しだけ上体を捩じり視線を下げた。
「…………ざ、ざしきわらし!」
ちんまい女の子と目が合った。身長的には、小三、小四くらいか。
白っぽい金髪がとにかく目を惹く。顔立ちは日本人離れで、愛くるしい。おさげ髪に、ワンピース姿と、まさにザ・幼女といった風だ。
透明感があって清らか。触れてはならない神聖な存在。あまりにも現実感がなさすぎる。この場からは不釣り合い。
だから、この幼女は幽霊に違いない。子どもの、とくれば、きっと座敷童だ。さっきから、見えるだなんだの言ってくるし。
しかし、これで納得がいった。
この店が今の今まで潰れていない理由は、座敷童がいたからなんだ!
「それって、ニホンのヨーカイだよね」
「ああそうだ。だから、俺もちょっとびっくりしてる。こんな西洋ロリ型座敷童がいるなんて」
「残念だけど、違うよ? わたしはヨーカイじゃないもん。そんなことより、その本が見えるんだよね?」
「そうなのか。まあ、見えるか見えないかでいったら見えるけど」
俺は再び前に視線を戻した。
うん、ワゴンの中に得体の知れない白い本がばっちり見えるぞ。
「で、それがどうしたんだ――って、あれ?」
もう一度振り返ると、幼女は姿を消していた。
目を離していたのは数秒のはず。さっと周囲を見渡しても、どこにも幼女の痕跡はない。
音もなく、瞬時に消え去るなんて、それこそまさに幽霊じゃないか。ほんの冗談のつもりだったのに。
途端、背筋がぞくりとする。急激に脈拍が上がって、腹の奥底がぐるぐるとして落ち着かない。
「ちょっと、シュン、
呆然と立ち尽くしていたところ、腐れ縁の声によって現実に引き戻された。
くるりと前を向くと、怒ったような足取りで紗由希が近づいてくる。
「いたいた。で、なにしてんの、こんなとこで」
「あのな、そもそもここに連れてきたのはお前だぞ」
「そういう意味じゃないから。なにボーっとつったってんの、ってこと」
「ん、ああいや、ちょっと」
座敷童と話してた、なんて言ったら、このゴシップ好きの女はどんな反応をするだろうか。
「ちょっと、なに?」
「別に何でもねえよ」
「……あっ。どうせエッチなものでも見つけたとかでしょ。やあねぇ、ホント男子って。
「そんなんじゃねえから。失礼だな、マジで」
「ふん、どうだか」
紗由希は嫌悪感を隠すことなくそっぽを向いた。どう見ても、納得していない。
まったく、自称新聞部が聞いてあきれるぜ。人に濡れぎぬかけておいて、そのくせデマをまき散らそうだなんて。
かといって、否定を重ねたところで結果は目に見えている。こういう時は、話を逸らすのが一番。この女は、大層単純な脳みそをお持ちだ。
「そんなことより、話終わったのか?」
「うん、そうそう。好きに見て回っていいって。さ、行くわよ。未知なる掘り出し物を探しに!」
さっきまでの不機嫌さはどこへやら。
すっかりいつもの調子を取り戻し、紗由希サマは意気揚々と歩き出す。
その背中に、もうとっくに見つかってるよ、と心の中で声をかけた。
さっきの座敷童チックな幼女。それに――
ふと目を向けると、あの白い本は変わらない存在感を放っていた。
◇
「そろそろ寝るか」
時刻を確認すると、翌日が思いのほか近くにあった。明日も学校がある身分としては、これ以上の深入りは禁物。
三回ほどセーブを繰り返し、ゲーム機の電源を落とす。ちょうど、ダレてきてたところだからよかった。レベル上げって、そんなに好きじゃない。
明かりを消して、流れるようにベッドにもぐりこんだ。毛布をすっぽりと頭から被り、その温もりに身を任せる。もう五月も中ほどだから、そろそろこいつもお役御免だ。
そう、もう五月。二年生に進級し、一月が経った。
すっかり固定化された日常。しかも去年とは違い、学生生活に目新しさなんて一つもない。中だるみの学年とは、よく言ったもんだと思う。
学校行って、帰ってきて、ゲームか漫画かネット。土日祝日は家でゴロゴロ。うん、いたって平々凡々、波風の少ない毎日だ。
今日もまた、その同じような一日が終わろうとしている。紗由希に引っ掻き回されるイレギュラーはあったが、あれは定期イベントみたいなもんだ。
目を瞑れば、ほら睡魔が忍び寄ってきて――
バリンっ!!!!
なにかがわれるおとがした。
「きゃあああああ!」
続けて、激しい衝突音と共に、部屋全体が大きく揺れる。
眠気なんて微塵も残らず吹っ飛んだ。
たちまち飛び起きて、素早く視線を右へ左へ。心臓は激しく脈打つし、変な汗が止まらない。おまけに呼吸も浅くなっている。
異常はすぐに見つかった。
カーテンが不自然に揺れている。窓はしっかり閉め切っているはずなのに。
隙間から月光が差し込む。窓辺の勉強机の上では細かい粒がキラキラと輝いて、実に幻想的。
そんな惨状よりも、激しく気になるものが一つ。
「いたた……これだから、マホウノホウキってキライなんだよね~」
窓の反対側、扉のそばに何かが蹲っていた。
どう見ても不審者。いや、不法侵入び罪を犯した立派な犯罪者だ。
「お前、誰だ! いったいどこから」
「まあ、目的地にはたどり着けたし、いっか」
人影が何事もなかったかのように立ち上がる。
そのシルエットは思いのほか小さい。……というか、子どもにしか見えないんだけど。
子ども……ふと、古書店でのことが頭を過る。
まさか、ねぇ?
「えっと、そこの青少年A。最終確認なんだけど、これ見えるんだよね?」
侵入者は遠慮なく、ベッドの方に歩み寄ってきた。そして、懐から何かを取り出す。
部屋は依然として暗いまま。かすかに月明かりが入り込んでくるだけ。
それでも目が慣れてくれば、侵入者の像がゆっくりと結ばれていく。
――魔法使いだ。
瞬間、俺はそう思った。
「だったら、素質あるよ。魔術王になれる素質がね」
つばの広い真っ黒な三角帽子。同色のひらひらしたマントとローブ。先のとがったブーツ。手にしたホウキ。
そんな魔法使いが突きつけているのは、あの不思議極まりない白い本だった――
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