第3話 意味不明で物騒で

 この状況、あまりにもカオス。


 目の前には魔法使いの格好をした子ども。おそらく、窓をぶち破って入ってきた。変な本を見せびらかしながら、マジュツオーだのなんだののたまっている。


「よし、寝よう。これは夢だ」


「わー、これまたベタな反応。ベタ過ぎて、反吐がでちゃう」


「口悪すぎだろ、こいつ!」


 結構、可愛い顔してんのにとんでもない。これが、毒舌ロリといやつか。


 よく見るとその顔には覚えがあった。

 服装こそ違え度、座敷童認定した白幼女。金髪三つ編みは、よく記憶に残っている。まあ、あの本から予想はついていたけれど。


「とにかく、俺は寝る。これは悪い夢以外のなにものでもないからな」


「夢って覚めるものじゃないの? 寝るって、真逆の厚意だと思うけど」


「さすが夢の存在。この幼女、あまりにも論理的すぎる。論理的ロリ!」


「……あたまおかしい」


 ぼそりと何か言ったようだが、その呟きは次の騒音にかき消された。


「だ、だいじょうぶ、えいちゃん!」


 扉が勢いよく開け放たれ、髪の長い女が突入してくる。

 楠紗麻くすのきさあさ、我が不肖の姉。


 俺の部屋は、いつからこんなに人気になったのだろう。しかも来客が女子二人なんて、プチハーレム。まあ、内訳は身内と怪しい幼女なんだけど。


 かなり慌てていた様子の姉貴だったが、ベッドの方を向くと急にフリーズした。


「…………えっと、だれ?」


「お嬢ちゃん。あなたは何も見てないし、何も気づかなかった。このまま踵を返して、朝までぐっすり眠ってね」


「いやいや、それは流石に無理があるだろ……って、姉貴?」


 幼女は姉貴の前に割り込むと、意味不明な妄言を吐いた。

 当然それには何の意味もないと思ったんだが。


 俺の予想に反して、姉貴はすんなりとその言葉に従った。

 どこか虚ろな表情でくるりと身を翻し、そのまま部屋を出ていく。

 それ以上、何も言葉を発さずに。


 元々、あの女には天然のきらいがある。もう大学生活を折り返したというのに、未だに純粋で子どもっぽい。

 だからといって、今のはあまりにもおかしい。幼女の言葉に、納得できることなんて何一つないのに。もはや、言い訳にすらなっていなかった。


「お前、いったい姉貴に何をしたんだ?」


「お願いしただけだよ。見逃してって。――っと、これ以上誰か来ても面倒だし、結界貼っとこ」


 そう言うと、幼女は箒を手に部屋の中をうろつき始めた。

 初めは丸く、次第に直線的に行ったり来たり。カーペットの上に、箒で何か図形を描いているようにも見える。


 やがて幼女は動き回るのをやめると、軌跡の中心へと移動した。祈るように両手を胸の前で組み合わせる。


「『|何人も悟らず、虚影はあるがままにサンクチュール・デ・セクレ』」


 すると、カーペットに謎の文様が赤く浮かび上がった。

 大きな円、その中で直線が組み合わさり、複雑な図形を形作っている。それこそまさに、魔法陣のようだ。


 そのまま、部屋全体がまぶしい光に包まれた。

 咄嗟に俺は目を瞑る。空気が微かに震えるのを、肌でひしひしと感じた。


「さて、これでもう邪魔者は入らない。心置きなくお話しできるね」


「話って……お前いったいなんなんだ。さっきから好き放題やりすぎだろ」


「わたしはキャロル・ヒルデ・ヌメマディ。魔術師だよ」


「ま、まじゅつし」


 こんな状況じゃなければ、子ども特有の微笑ましい言動として受け止める。空想と現実の区別がつかないなんて、よくある話。


 だが、今の現象と姉貴の件からすると、とてもそんな風に片付けられない。

 魔女だという俺の直感も、意外と穿ってたってことか。ほんと、馬鹿げてる。


 でもなぁ、だからといって魔術師ってのはこのご時世どうなんだろう。

 

 腕組みをして微妙な気持ちになっていると、幼女――キャロルからの不思議な視線に気が付いた。


「なんだ?」


「人にだけ名乗らせるつもりなのかなって。いい性格してるね」


「ああそういう。俺は楠永俊くすのきえいしゅん。高校生だ」


「エーシュン……うん、かっこいい名前! これから末永くよろしくね」


 キャロルが右手を差し出してきた。白く小さな手はつい握りたくなってしまう。

 

 そろそろと手を伸ばしたが、寸でのところで俺は我に返った。

 危ないところだった。いくら幼女からといえど、見知らぬ誰かと簡単に握手をするべきではない。


「待て待て、末永くってなんだよ。そもそも、俺はまだお前の目的すら聞いてないんだが」


「わたしはね、エーシュンにこの本を届けに来たんだ」


 またしても、キャロルは白い本を突きつけてきた。

 さすがにもうお腹いっぱいの気分。


「またそれか。で、なんだそれ。新製品のノートか?」


「これはね、全ての魔術が――エーシュン、あぶないっ」


 ドカンっ――!


 突然、背後から激しい爆発音が聞こえてきた。巻き起こる突風。なんか、破片がパラパラと首筋に当たるんですが。


「うぉぉぉぉぉっ! なんだってんだよ、いったい!」


 ベッドから飛び降りて、慌てて後ろを振り返る。自分史上、一二を争うほどの身のこなしだった。


 かべにあながあいてる。おおきなまるいあな。おそとのけしきがよくみえるよ。


「まさか、こんなところに同業者がいたとはね。エンジョウの地で、これ以上の好き勝手は許さないわよ」


 穴の向こう側、道端に誰かが立っていた。こちらをはっきりと見上げているのがわかる。

 おそらく、壁破壊事件の犯人に違いない。方法は不明。


 さっきは窓。今度は壁。次はなんだ、家ごとぶっ飛ばされるんじゃないだろうな。

 この街は、いつからこうもテロリズム溢れる素敵な街になったんでしょう。


 どうやら、俺の一日はまだまだ終わることはないらしい。

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