第4話 夜の逃飛行
「逃げるよ、エーシュン!」
「いや、ちょ、おま――」
キャロルに腕を引かれて、なぜか窓際へ。逃げるんなら、普通に扉から出ていけばいいものを。
家具の配置上、俺たちはすぐに足止めをくらった。
「ちっ、邪魔くさい。――壊れて」
「ああっ、俺の勉強机が!」
ロリ魔術師が手をかざすと、障害物は木っ端みじんに砕け散った。
……あの、俺は明日からどこで勉強すれば。残骸に埋もれる教科書類を見ると、居た堪れない気持ちになった。
「お前、ホント好き勝手やりすぎだろ!」
「しょうがない。非常事態!」
「そう言えば何でも許されると思うなよ」
「はいはい、ごめんごめん」
悪びれもせず吐き捨てると、キャロルはカーテンを大きく開けて窓の桟に飛び乗った。軽やかな動きに合わせて、マントが踊りひらめく。
どうやら、ここから飛び降りて逃げるつもりらしい。なんともまあ、バイオレンスなこって。
ここは二階だ。俺はまだしも、この幼女には危険な高さだと思う。魔術師だから秘策はあるんだろうけど。
俺は不意に、そもそもキャロルがどうやってここに飛び込んできたのかを思い返していた。
「きて」
「うわっと」
キャロルが叫ぶと、俺のすぐ横を何かが横切っていく。
それは箒。魔法陣の端に打ち棄てられてたものが一人でに動き出した。まだガラスが無事な方の窓に向けて。
ガッシャーン。
小気味いい破砕音が耳をくすぐる。一度目とは違い、キラキラとした破片は外の方に舞い散っていく。
俺はただ呆然と眺めていることしかできなかった。
窓ガラス二枚、壁、勉強机。短時間で、ずいぶんと被害が出たもんだ。俺が一体何をした?
「もう、むちゃくちゃだぁ」
「ごめんねぇ。じゃあ、エーシュン。行くよ!」
「お、おいっ!」
キャロルが躊躇いなく窓の外へと身を投げだす。
いきなりのことにびっくりしながら、俺は急いで窓辺に駆け寄った。身を乗り出して、やつの安否を確認する。
「…………魔法の箒って、そういうことか」
キャロルはすぐに見つかった。一階と二階の中間くらいの高さで、よく目立つ三角帽子が存在感を放っている。
奴は宙に浮いていた。ただ浮かんでいるんじゃなくて、あの箒に跨って。
「なにしてるの? ほら、エーシュンも」
「そう言われてもな」
箒の穂先は家側に伸びている。キャロルが座っているのは柄の先の方。不自然に空いたスペースは、どうやら俺のために用意してあるらしい。
とてもありがたい話だが、そこまでの度胸はないというか。ここからあの細い棒に飛び乗るなんて芸当ができたら、俺は体操選手をやっている。
――ばごーん。
まごついていると、さっき聞いたばかりの音が背後から聞こえてきた。勢い俺は振り返る。
ベッドそばの壁に、またしても穴が空いていた。先ほどよりも一回り大きい。長方形のキャンバスに、歪なひょうたん型の空が広がっている。
これではもはや壁とは呼べない。ある種のオブジェだ。題して、寝室に潜む危機。
寝返りでも打とうものなら、きっと永眠できるだろう。
躊躇している場合ではなかった。不法侵入犯と器物損壊犯。どちらが危険なのかは、目に見えている。
「ええい、ままよっ!」
お決まりのセリフを吐いて、俺は窓に足を掛けた。近所の家々の明かりがすごく遠くに見える。
箒を目指して、かぶさるようにジャンプ。ふわりとした感覚が襲ってくる。
俺は無我夢中に手を伸ばした。確かな感覚があって、力任せに身体を引き寄せる。
「な、なんとかなるもんだな」
「しっかりつかまって~。とばすよ!」
「え、まって。ちょっと、心の準備がぁぁぁぁ」
見事、飛び移ることには成功した。しっかりと、身体が棒の上に乗っているのを感じている。
人間、追い詰められたらなんとやら。もう一度やれと言われたら、できない。というか、チャレンジもしない。
だが、安息の時にはほど遠い。
落ち着く間もなく、箒はいきなり動き出した。
「し、しぬぅぅぅぅ」
「あんま喋ってると舌噛むよ」
「ムリムリムリ、落ちるって!」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。わたし、一度も墜落したことなんてないから」
動き出しからしてすごい衝撃だった。激しく揺れ動き、豪風が全身に襲い掛かる。
さながら下り坂を一気にかけるジェットコースターか。なお、安全装置はついていない模様。
咄嗟に身を低くして、柄の部分に密着する。気持ち、俺は今棒と一体化していた。
外から見ればとてもかっこ悪いだろう。しかし、そうでもしないと振り落とされる。高速飛行する棒の上で座っていられるほど、優れた体感は持ってない。
対照的に、どこまでも平気そうなキャロル。こいつの言うことが、俺にはフラグにしか聞こえかった。
「だ~か~ら、いい加減にしなさいってば!」
夜闇に響く渾身の叫び声。
同時に、謎の衝撃が魔法の箒を襲った。
「は?」
「え?」
俺とロリ魔術師の間抜けな声が見事に重なる。
――爆発した。
いきなり箒の存在が消えた。
その余波で、俺の身体は高く浮かび上がっていく。近づく奇麗な星空に手を伸ばせば、お星さまだって掴めるかもしれない。
ああ、飛んでいる。なんの力も借りず、俺は空を翔けているんだ――
遠くなった我が家の前に、誰かが立っている。たなびく長い髪は、夜闇を斬り裂くほどに鮮やかな赤色。
その周りに、閃光のように炎が走るのが見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます