白紙の魔導書は無限の可能性~魔術ガチャを繰り返し、俺は現代の魔術王へと成り上がる~

かきつばた

第1話 導かれるままに

「シュン。あんたこれからヒマっしょ」


 放課後を告げるチャイムと同時に、それはやってきた。


 須和田紗由希すわださゆき、この清銘しんめい高校二年五組で共に学ぶ間柄。またそれ以上に長い付き合いがある。所謂、幼馴染……腐れ縁。

 新聞部を自称するこの頭お花畑な女は、校内でも広く名が通っていたりする。清銘きってのトラブルメーカーとして。


 ここしばらく大人しかったから、そろそろだとは思ってはいた。かといって、すんなり応じるのはまた別問題。どうせ今回もろくでもないことだろう。


「いや、ダメだ。俺にはテスト勉強という重大な使命がある」


「またまたぁ。あたし、あんたがそんなことしてんの見たことないんだけど」


「お前が見てないところでしっかりやってんだ、俺は」


「でもその割には成績悪いよね……」


 思いっきり憐れまれてしまった。その可哀想な目で見るだけは、なんとかやめていただきたい。そのはねっ毛が多いショートヘア、今すぐ刈り取ってやろうか。


「とにかくだ。今日は行かない。絶対に行かないぞ!」


「ふうん、まあいいけど。今日の調査はなー、オモシロそうなのになー。商店街に隠れ潜む、いわくありげなヒミツの古書店! なんて、シュン好きそうなのに」


 ぐぬぬ、紗由希め。今回もずいぶんと、興味をそそられるような誘い文句を用意してきやがって。

 そんなもの、ロマンを感じざるをえないじゃないか。秘密の古書店、謎の秘伝書とか眠ってそう。


 とか思ってしまうあたり、俺も大概、人のことは言えない。いつもこうした突拍子のない紗由希の誘いに乗っかってしまうのだから。


「……しゃーねーな。今回だけだぞ」


「そうこなくっちゃ! さっそくいこっ」


 パーッと顔を輝かせて、ガッツポーズを決め込む紗由希。

 だが、なぜかすぐに悲しそうな表情にあった。


「でも残念ね。これで今回のテストも……」


「言ってろ!」


 もともと、まだ中間テスト一か月前。最初から方便だとわかっているくせに、ホント性質の悪い女だ、こいつは。



          ◇



 商店街の奥、細く入り組んだ通路の先にその店はあった。こうして歩いてきた今でさえ、こんな場所に店があるとはいまいち信じられない。


 外観からして、相当長い歴史を感じさせる。コンクリートの平屋は、すぐにも崩壊しそうな雰囲気を醸し出していた。

 当然のように、周囲に人影はなし。表通りの往来の多さが嘘みたいだ。もの悲しくて、寂れてて、中に入るのは、どうにも気が引ける。

 

 それでも、我らが紗由希サマは躊躇うことなく、古書店の中へと入っていった。この度胸は大したもんだ。

 あと、嗅覚の鋭さも。いったいどうやって、この店を見つけたのやら。


「ちょっと何してんの」


「すぐ行く」


 入り口から呼びかけられて、俺も慌てて追いかけた。


 前面はガラス張りだというのに、中は薄暗い。古書特有の匂いが鼻を突くが、そこまで悪いものじゃない。

 

「なにか用かえ?」


「ひゃぁっ!」


 突然、どこからか声がした。

 振り向くと、すぐ近くの通路から、腰の曲がった老婆が現れた。

 もしかすると、妖怪の類……それほどまでに、存在感がなくて不気味だ。


 慌てふためく紗由希。こいつほどじゃないが、俺もかなり驚いた。


「……ずいぶんと可愛らしい悲鳴だな。なに猫被ってんだ、お前」


「うっさい! 仕方ないでしょ、本当にびっくりしたんだから」


 紗由希は顔を真っ赤にして狼狽える。おそらく、これ以上揶揄うとひどい目に遭う。長年の経験によって裏打ちされた確かな実感。


 やがて落ち着きを取り戻した紗由希は、老婆に手短に用件を伝えた。

 快く取材を引き受けてくれた老婆に従い、俺たちは店の奥へ。レジ台の向こう側に回った老婆は、自身が店主だと名乗った。


「へー、百年以上も!」


 紗由希と店主が言葉を交わすのを遠巻きに眺める。

 百年って、ホントかよ。なんとも言えない気分になりながら、俺その場を静かに離れた。


 何か面白いものでもないか、と練り歩く。こうも雰囲気があると、一つくらい掘り出し物がありそうだ。


 外から見た通り、内部はそこまで広くない。ざっと見た感じ、学校の教室よりもちょっと大きいかな程度。

 本棚は壁に沿うような形と、通路を作るように縦にとで並んでいる。どこを見ても、中身はぎゅうぎゅう。背表紙を見るだけで、本の古さがわかる。

 

 しかし、客が全くいないんだけど、経営とか大丈夫なんだろうか。歩いている内に、段々と不安になってくる。


 そのうちに、突き当りにぶつかった。左に折れて、今度は縦に進む。注意深く左右に目を配るが、興味を惹くようなものはなし。


 その端に、銀のワゴンがぽつりと見えた。足がちょっとだけ、通路にはみ出ている。


「…………なんだこれ」


 そこに、一冊の本が置かれていた。あまりにも無造作。きちんと整頓されている周りからすると、歪すぎる。


 奇妙なのはそれだけじゃない。

 その本は真っ白だった。表紙は無地、一切の印字も飾り付けもない。

 サイズ感はハードカバーと同じくらい。でも、辞書みたいな分厚さがある。


 俺は、その本から目を離せなくなっていた。不思議な魅力を感じて、自然と手を伸ばしていく。


「――へぇ、その本が見えるんだ?」


 いきなり後ろから聞こえてきた囁き声に、俺は無様にびくついてしまった。


 この店は、客を驚かせることを生業にしているのか……。実は古書店を装ったお化け屋敷じゃないだろうな。

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