拡散する種
琳
第1話
―――
わたしはふっと顔を上げた。
「ここは……どこ?」
きょろきょろと辺りを見回すが、暗くて良くわからない。でもさっきから振動しているようなので何か乗り物に乗ってしまったようだ。
「まぁでも、最近は地元ばっかりだったからたまには遠くに行くのもいいかな。一体どんな所に着くんだろ。楽しみだな。」
そう言って再び目を閉じる。小刻みな揺れが心地よくてわたしはまた眠ってしまった。
―――
ぼくはふわふわと空を飛んでいた。強く吹いていた風は段々弱くなり、さっきまではもっと高い所にいたのに今は地面が目の前に迫っていた。
「あぁ~……落ちる……」
情けない声を上げる。何とか力を振り絞ってみたが、努力も空しくぺたっと音を立てて落ちた。
「あーあ、ついに落ちちゃった。しかもこんな場所に……」
ぼくはため息をついた。そこはビルとビルの間の路地裏。の、アスファルトの隙間。
「太陽の光も当たらないし寒いし暗い。でも……」
ぼくは顔を上げる。申し訳程度の隙間から空を見上げる。そして微笑んだ。
「絶対に咲かせてみせる!」
―――
「くっ!と、取れない……」
あたしはじたばたしたが中々上手くいかないので諦めた。
「まったく……何でこんなところにくっつくのよ……」
悪態をつきながらあたしは不満の主を睨みつけた。
そこにいたのは小学生。あたしはどうやらその子のランドセルにくっついてしまったようなのだ。最初は離れようと必死だったけど、無駄な抵抗は止めて力を抜いた。
「ま、いっか。この子のおうちの庭を綺麗にしてあげようじゃないの。」
あたしはニヤリと笑ってランドセルにぎゅっと抱きついた。
―――
オレはそーっと目を開けて愕然とした。
「何だよ!またここかよ……100メートルも飛んでねぇじゃんか!」
大声で不満をぶちまける。周りにいた女の子達がオレを見てくすくす笑った。
「おやおや、お前はそこに落ち着いたか。」
「おい、くそじじい!もっと遠くに飛ばせなかったのかよ!」
「無茶言うな。全ては風次第。お前はそこに根を張る運命だって事じゃ。それにわしがみなを飛ばした訳ではないぞ。ただこの老いぼれが最後に残ってしまっただけさ。」
そう言ってオレより少し離れた所にいるじいさんは『ほっほっほ』と笑った。
「たくっ……しょうがねぇなぁ。またここでその他大勢と暮らさないといけねぇのか。」
「ちょっと!その他大勢とか失礼でしょ!ここにいるからには皆で協力しないと綺麗に見えないんだから、文句言う前にちゃんと努力してよね!」
隣の女が噛みついてくる。オレは慌ててのけ反りながら謝罪した。
「わ、悪かったよ。ごめん。ちゃんと協力するからさ。」
「よろしい。皆も頑張るのよ!」
「おーー!」
女の呼びかけにその場にいた全員が声を上げる。風が弱くて遠くに行けなかった連中だ。
オレはふとじいさんの方を見た。心なしか元気がない。
「おい、じいさん。どうした?」
「いや、みな元気じゃなと思ってな。わしにはもう次はないじゃろうから、お前達が眩しくてしょうがない。」
「そんな!まだまだ元気じゃねぇか。」
「いやいや。もう年じゃ。あと一回、あと一回と頑張ってきたがもう無理じゃな。」
「じいさん……」
しゅんとなるじいさんにオレは何も言えなかった。しかしその時――
『あーー!タンポポの綿毛だ。一つだけついてる。』
元気な声がしてオレの横を小さな靴が横切った。
一直線にじいさんの所に行く。
『可愛い!みんな飛んでって一人ぼっちになっちゃったのかな。』
そう言ってそっとじいさんに触れる。取られるんじゃないかと焦るオレに聞こえたのは優しい声だった。
『次も綺麗な花を咲かせてね!』
その瞬間、じいさんの目から一粒の涙が流れたのを見た気がした……
.
拡散する種 琳 @horirincomic
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます