第61話 賊の侵入

「へえ……これが【魔王まおう美酒びしゅ】の屋敷の見取り図ねえ。上出来じゃないか、あの坊や。それじゃあ、囚われのお姫様を救い出しに行きますか」


 レティシアの言葉に黒装束に身を包んだロックウェルが苦言を呈する。


「もう少し、声を抑えてくれないか。まあ、屋敷は【魔王まおう美酒びしゅ】が負傷したせいで大騒ぎの最中だから問題無いと言えば、問題ないが……」


「上手く行き過ぎて正直怖いくらいだねえ。タカユキ……残念だろうけど、あんたとお姫様が再会するのはもう少しだけ先延ばしにさせて貰うよ……」


 二人の予想通り警備は手薄になっており、【魔王ビス美酒ケス】の館の警備は無人同然となっていた。

 レティシアとロックウェルは見取り図に示された場所に忍び込むとそこには警備は疎か、使用人や奴隷達が立ち入るすら確認出来なかった。

 扉を開けると部屋には真冬にも関わらず、季節によって色彩鮮やかな花々が透明な棺を中心に飾られていた。

 レティシアとロックウェルの2人は目当ての者を見つけ出し、運び込む為の彼女が用意した道具を用いる。

 喧騒に包まれた中で周囲に怪しまれることなく、無事に任務を完了させた彼等は【魔王ビス美酒ケス】の館の使用人の傲慢と言える振舞いを何度も見て来た。

 彼等の中で隆之に忠義を捧げる者は希少であり、多くが主人が負傷した為に仕方なく動いているように感じた。その傾向は買い集められた奴隷たちに強い。

 杜撰(ずさん)な警備体制を難なく突破し、カタールを先にライオネルへと帰還させることにしたレティシアとライオネルは【魔力結晶】に包まれた少女を丁重に馬車の荷台へと運び、深夜の中で馬車を走らせることにした。

 城門の門番には十分な賄賂を贈っており、深夜の門の開閉も問題は無い。後は少女を【ライオネル王国】に連れ去り、【魔王ビス美酒ケス】を交渉の場に引き釣り出せば、一先ずは新進出来る状況になるであろう。

 隆之が負傷した日の夜に二人の賊が【魔王まおう美酒びしゅ】の妻を攫ったことを屋敷の者の中で知っている者は新米の奴隷の少年だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る