第56話 比翼連理の二人の魔人

「タカユキの奴隷が会いたがっている? このわたくしに?」


 突然、カーネルからジャスパーの来訪を告げられた【怠惰シンクレア】は彼女の自慢のバラ園を愛でている最中だった。彼女は彼と過ごす至極の一時を邪魔されたことに対して多少の不快感を示す。

 美しく散った花弁はなびらの絨毯にそっと足を乗せて、芳しき香りに酔いしれていた彼女は美しい空間に相応しくない【奴隷】がこの場に現れることが許せない。


然様さようでございます、シンクレア様。タカユキがシンクレア様に金貨五百枚の援助を申し出ているとのことですが、如何いかがなされますか?」


 藍色に染め上げたシルクのドレスに身を包んだシンクレアを優しい日の光が照らし、彼女の金髪が煌いて其処には一枚の絵画が描かれている。この一瞬の美の輝きを誰もが惜しみ、賞賛するであろう。

 しかし、その芸術と呼ぶべき光景にさしたる感動を覚えた訳でも無いカーネルは淡々たんたんとしていた。


「全く、私もめられたものですわね。本人では無く、代理人を遣した挙句に金を貸せとは……呆れて物も言えませんわね」


 シンクレアの翡翠の瞳に憂いが宿り、ほうっと息を吐く様もまた美しい。彼女が人類にあだなす【魔人】の一人だと言って、誰が信じようか。

 古の覇者の寵姫ちょうきと言えど、彼女程の美貌は誇り得なかったであろう。それ程にシンクレアの美は際立っていた。


「確かに無礼千万ではございますが、タカユキがシンクレア様に借りを作りたいとは余程のことではございませんか?」


 シンクレアと並んで歩くカーネルが告げた。

 少女の如き美貌のカーネルがシンクレアと会話する姿は仲睦なかむつまじき恋人達の甘い囁きのような錯覚を与える。


「あら、心外な物言いですわね、カーネル。私は吝嗇りんしょくではありません。タカユキが欲しいだけ用立てて上げますわよ」


 シンクレアが背の高いカーネルを見上げながら、少しだけ頬を膨らませて苦言を呈した。 


「宜しいのですか、シンクレア様?」


 主の命令に逆らうつもりも無いが、使途も聞かないシンクレアにカーネルが確認を取る。主が物惜しみをしない性格なのは彼も重々承知してはいたが、金額が大きいだけに一応の確認を取ることも彼の職務の内だった。


「勿論、奴隷に会うつもりは無いですから、金貨を千枚程持たせたら追い返して下さいね」


 話はこれでお仕舞いとばかりにシンクレアはカーネルの手を取り、バラ園の奥深くへと彼を誘う。


「では、直ぐに手配致します」


 金銭の準備をカーネルが直接手配する訳では無い。女中の一人に彼が命じると、女中は深く一礼した後に下がっていく。

 永遠の時を過ごすシンクレアとカーネルの二人の魔人は自らが絶対であり、滅びを知らぬ存在であるがゆえにこの美しい夢が醒める事など思ってもいない。

 比翼連理ひよくれんりの二人が裂かれることは未来永劫に無く、その一方の死でさえも二人を別つことは叶わない……

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