第14話 選べない選択

 シンクレアの挨拶を聞いた次の瞬間に隆之が取った行動は魔力を解放し、右手に込めることだった。

 シンクレアの殺害もいとわない形相で彼はシンクレアに問う。


「何が目的だ……」


「愚問です事……少しは期待しましたのに残念ですわね……」


 シンクレアが興醒きょうざめを起こし、隆之に魔力を放つ。それだけで隆之の右手の魔力が霧散むさんした。

 一瞬にして、力の差を思い知らされた隆之は茫然と自らの右手を見つめ直し、再び魔力を込める。しかし、それを実現する度にシンクレアが微笑む。

 微笑と共に霧散して行く自らの魔力に絶望と言う感情が隆之の胸の内から込み上げて来た。


「貴方、お客様にお上がり頂かないの?」


 エリーナが心配そうに食堂の方から声を掛けてくる。彼女は急な来客の為にお茶を用意していたらしい。


「あら、御気遣いは無用でしてよ。エリーナ様、御主人への用件が済み次第おいとまさせて頂きますから……」


「エリーナにだけは触れるな……彼女に何かあった場合、貴方の物には絶対にならない……」


「それは無理と言う話でしょう、【魔王ビス美酒ケス】。彼女が貴方にとって大切な者である程、価値が高まりますもの。保険としては十分でしょう」


「人を馬鹿にするのも大概(たいがい)にしておけよ……」


 シンクレアはまでも優雅に話すのに対して、隆之は荒ぶる心をしずめながら話している。


「貴方、一体どうしたの?」


 その空間にエリーナが入り込んでくる。


「エリーナ様、お初にお目に掛かりますわね。わたくしの名前は【爵三位貴妃シンクレア】、不本意なことですけれど【怠惰シンクレア】とも呼ばれております。ライオネル王国の隣のスフィーリアの領主と申しましたらわたくしが何者なのかはお分かりですわね?」


 シンクレアの言葉を聞いたエリーナが固まる。人間にとっての天敵である恐怖の象徴が目の前の存在だと理解してしまった。


「長い立話はあまり好みませんので、本日こちらに伺った御用件を御話致しますわね。単刀直入に言うならば、貴方の御主人は今生の【魔王ビス美酒ケス】ですわ。わたくしは御主人を頂きたく思いまして伺わせて頂きましたのよ」


 優雅に振る舞う姿はとても美しく、噂で聞くあの恐怖の【魔人】であることなどエリーナには信じられない。


(あの人が【魔王ビス美酒ケス】? 【魔王まおう美酒びしゅ】? 人間の敵……)


 隆之は虎狼ころうの如き視線でシンクレアを睨んだままでエリーナは微動だにしない。

 ある程度予想はしていたが、これでは話が進まないとシンクレアは思う。話を円滑に進める為にシンクレアは二人を外に連れ出すことにした。

 無理矢理連れ出された隆之がシンクレアに問う。


「何のつもりだ、魔人?」


「もう少し考えてから物をお話しなさい、【魔王ビス美酒ケス】」


 シンクレアは隆之の質問の単調さに既に飽いている。優雅さの欠片も見受けられない人間をこれよりそばに置かなければならない事を考えると、彼女は頭痛すら起こるような気がした。


「着きましたわよ……」


 彼女が徒歩で二人を案内した場所は村の広場だ。普段なら子どもたちが遊び、老人がいこうその場所に村人全員が猿轡さるぐつわを噛まされた挙句に手足を縛られて寝転ばされていた。

 その身体の至る所に茶色い液体が掛けられている。

 周囲には黒い鎧を着込んだ男たちが村人たちに剣を突き付け、松明たいまつに火をともしている。あの液体が何であるかなど説明の必要がなかった。

 あまりの惨状に隆之とエリーナの二人は声が出ない。そんな二人を横目で見たシンクレアが条件を提示してくる。


「状況はお分かり頂けましたかしら? こちらが示す貴方への選択の一つ目は彼らを救い、奥様と共にわたくしの元に来るか。この場合は奥様を人質にさせて頂くむねを御了承下さい。その代りにこの村にはわたくしの生きている限り、例えわたくしよりも上位の魔人からも手出しさせない事を御約束致します。二つ目は彼らを見捨て、二人で逃げた後に捕まってからわたくしの元に来るかですわね。わたくしは嘘が大嫌いですので正直に申しますけれど、貴方が自分だけの事を考えるならば、後者を取るのが宜しいと思いましてよ。貴方一人だけなら逃げ延びる可能性は万に一つはあるでしょうから……さあ、どちらをお選びになるのか良く考えてからお答え下さいね?」


 シンクレアの言葉は究極の選択ですら無い。どちらを選択しても二人に最悪の未来を与える悪夢でしかなかった。

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