第15話 平穏との別離
(皆を見捨てて逃げるなんて俺には絶対に出来ない……エリーナを人質に取られたとしても、村の安全を買える最初の方を選ぶべきだろう。でも、エリーナを奪われるなんて無理だ! 耐えられない!)
隆之はシンクレアに対して返答が出来ずにいた。当り前だ。彼の望みはシンクレアの望みと掛け離れているのだから……
「【
収めた日傘を配下に手渡し、扇子を取り出したシンクレアがその口元を隠して隆之に告げる。彼には彼女の言葉の意味が分からない。だが、言われるままに妻のエリーナの方を向いた。
彼にとっての絶望が
彼の妻は一瞬にしてシンクレアの作り出した【魔力障壁】に包まれ、まるで透明な棺に安置されているかのようだった。穏やかな表情はまるで眠りに落ちているとしか思えない。
その術式が展開されている事に気付けぬほどに、隆之とシンクレアの魔力行使の実力差が眼前に示されていた。
(ナニ? コレ?)
隆之には訳が分からない。現実は
彼が
「貴方が、選択をし易いように少し気を使ってあげました。最初から貴方には後者を選べるとは思ってはおりませんでしたから……
(エリーナ……何故……君が……そんな……ところで……寝てるの?)
別離の言葉すら言わせぬ魔人の
彼の魔力がゆっくりと、ゆっくりと顕在していく。【無限】の魔力があると言うのならば、
顕在が有限であるならば、そこに何の意味があると言うのだろう。
彼の瞳は金色となり、溢れる魔力の奔流が大地を震わす。
「エリーナを返せぇぇぇ!」
絶叫と共に隆之がシンクレアに襲い掛かる。全ての元凶である魔人を殺せば、彼女は帰って来てくれる。
確かに選びやすい選択肢をシンクレアは隆之に与えたのかもしれないが、彼の刃が彼女に届くことは無かった。
隆之の背後から忍び寄ったカーネルが彼を蹴り飛ばす。
カーネルは倒れ込んでしまった隆之に容赦なく追撃を与えていく。攻撃への予備動作は極力削がれ、的確な攻撃のみが隆之に与えられた結果、隆之は遂に地を這う事となる。
隆之の虚ろな瞳に憎むべき魔人と最愛の妻の姿が見て取れた。
隆之は必死に立ち上がろうとしても、身体の至るところが悲鳴を挙げて呼吸すらままならない。腹部を強打され、嘔吐と咳を繰り返し吐き出す。
(このままじゃ……終われない……エリーナを……みんなを助けなきゃ……)
人はそれを犬の遠吠えと評する。
「【
シンクレアが隆之を見下してそう告げる。
隆之は立ち上がろうとするも、近づいてきたカーネルが懐から出したナイフで以って、その四肢を地面に縫い付けていく。
そして、想像を絶する痛みに再び隆之が先ほどのものとは種類の異なる絶叫を挙げた。
隆之は傷口が広がるのを
彼の流す血は自然の
枯渇したはずの魔力が一瞬で回復し、更に膨大な魔力が溢れてくる。
「ああっ……【
夢にまで見た【
「お願いします……エリーナだけは助けて下さい……」
隆之は恥も捨て、目の前の化物に
(俺の望みは
シンクレアは涙を流しながら哀願する隆之の姿を見て、慈愛に溢れた言葉を掛ける事に決めた。
取るに足らぬ人間の中から数百年に一度存在するも所詮は弱く、脆い存在に過ぎない事を認識したシンクレアは隆之をより深い絶望に落とすことに
「大丈夫ですわ、【
シンクレアの言葉を隆之は最後まで聞く事も叶わず、その場には結晶化された魔力が残されただけだった。
「
シンクレアは再び全魔力を消費したせいか、その息が乱れている。本来なら倒れて寝込んでいる筈なのだが、部下の前でそのような恥辱は耐えられぬのか途切れそうになる意識を何とか保ち、気丈に振る舞っていた。
「私に全て任せた上はこうなる事は予想されていた
黒い鎧に全身を覆われたカーネルが彼女の質問に答える。彼にとっては最小のリスクで最大のリターンを得たと思っている。
過程等はこの際問題ではない。
こちらの勝利条件が「【
【
彼には爵三位以上の
己の妻を取り返す為には彼は自らの手を血に染めることも
「結局、彼はこの村と自分の妻に愛着を持ち過ぎました。彼は自らを護る為には切り捨てる必要があったのです。それを選べないと言う事。即ち、将になれる器でない事は言うに及ばず。更には兵としても難しいかもしれません」
カーネルが部下達に拘束されて運ばれる隆之を見送りながら呟く。
その彼の姿が無性にカーネルの
「シンクレア様、彼の望みは叶うのでしょうか?」
「難しいですわね。【
その現実離れした未来を語るシンクレアは実に楽しそうであり、彼女が想像するのは「自身は老いて醜くなるも、必死で美しい妻を取り戻そうと足掻き狂う隆之の姿」だった。
例え、死ぬ間際にエリーナを開放したとしても、2人で過ごせる時間は余りにも短く、老いて醜くなった隆之をエリーナが拒絶するならばシンクレアに言う物は無いほどの愉悦を与えるであろう。
【上級魔人を斃すことは人間には不可能】
カーネルはその事を他の誰よりも理解している。
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