第11話 目覚め

【明星のスルド】が約一年ぶりに【深淵】から館に戻り、彼女のしもべであるオネットは彼女からの呼び出しに答えて彼女の部屋に入室した。


「スルド様、このオネット、お召しによりさんじましてございます。この老僕ろうぼくに何用でございますか?」


「もうっ、堅苦くるしい挨拶は抜きにしてって何時いつも言っているでしょ!」


「これは失礼致しました……」


 少女の姿の【明星のスルド】が自らのしもべに対して不満を述べる。オネットが見た限りでは彼女はとても嬉しそうで、その姿は例えるなら祖父に語りかける孫と言ったところか。


「この度の眠りは如何いかがでございましたか、スルド様」


「時間は短かったけど、良い夢を見れたよ。それよりも、【魔王ビス美酒ケス】がこの世界の雌とつがいになったって本当? それを確かめたくて起きて来たんだ。ちょっと、信じられなくてさ……」


「タカユキ様の事でしたら、スルド様のおっしゃる通りエリーナと申す娘と先月結ばれましたが、何か問題でもございましたか?」


 オネットにとってそれは別段気にする程のことでは無い。平穏無事に暮らす事を望んだ隆之がこの世界で伴侶を見つけ、共に支え合って生きていくことにオネットとしても祝福したい気分だ。


「問題なんてもんじゃあないよ、オネット! 君は分かっているの? あの【魔王ビス美酒ケス】がこの世界で伴侶となり得る人間の雌を見つけた事は大いに問題じゃないか!」


 普段の彼からすれば、この時の主の興奮ぶりに理解が及ばない。人間が人間と結ばれることに問題があるとは彼には思えなかった。


「もう、分かったよ、説明するから。あのね、今まで我らが王が【魔王ビス美酒ケス】の繁殖を試みなかったと思う? そんなことは当然あったんだよ。でも、全て失敗したんだ。【魔王ビス美酒ケス】の血には魔力が宿るものだけど、【魔王ビス美酒ケス】の精にもそれに匹敵するくらい宿るんだよ。当然、普通の人間の雌では死んじゃうだろ。いまかつて【魔王ビス美酒ケス】に抱かれて死ななかった娘はいないんだよ。それなのにあの雌は【魔王ビス美酒ケス】に抱かれても死んでいない! これは子を宿す可能性を秘めてるって事さ。僕が言いたいのは其処そこだよ」


 熱弁する主の言葉からオネットは先を見通してから発言する。彼女の侍従じじゅうは馬鹿では務まらない。


「それはほぼ同時代に王が二人誕生する恐れがあると言うことですかな?」


「その通り! ほら、想像したらワクワクしてくるだろ! 我らを統べる王が二人も君臨されるかもしれないなんて……本当に夢のようだよ!」


「それは宜しゅうございました。おめでとうございます、スルド様」


 主の楽しみを邪魔する気の無いオネットはスルドに祝いの言葉を述べる。


「オネット、君の人選の良さには全く恐れ入るよ。くぅぅ、子どもを宿すまで護ってやりたくなるよ……」


「それはスルド様の初志である【宝探し】の制約に反するのではございませんか?」


 オネットが主の興奮をいさめるようにうながす。オネットの本心はあの二人には幸せになって貰いたい。スルドの介入は今の平穏さを崩しかねないことだ。


「分かってるよ。でも、惜しいなあぁ……だって、【暴虐ベアトリス】がモールで熱心に【魔王ビス美酒ケス】を探してるし、【怠惰シンクレア】は今のところ何の動きも無いけど、あのは一度でも【魔王ビス美酒ケス】が魔力を解放したら絶対に気付くよ」


 少女の姿のスルドは本当に子どものような無邪気さを持つ。これで子ども扱いするとねてしまうのでとても加減が難しい。


「スルド様はそれよりも【勇者】の召喚をそろそろなされなくても宜しいのですかな?」


 何時いつまでも未練を残す主にオネットは少し強引に話題の転換を図ることにした。


「うーん、そっちねぇ……こっちの世界で英雄が【ライオネル】に覚醒しそうだから、【勇者】は【モール】に持っていく予定だけど……正直に言うと、僕は気が進まないんだよね」


「何か問題でもございますか?」


「嫌なんだよね。相手をしたくないんだ。【魔王ビス美酒ケス】はかなりマシなんだけど、【勇者】の方は問題大有りなんだよねぇ。僕が力の解放を授けたら、如何いかにも調子に乗りそうな感じなんだよ。所詮しょせんは人間最強に過ぎないって言うのに……」


「タカユキ様の魔力制御は中々見事でございましたが……」


「【魔王ビス美酒ケス】は努力した結果でしょ。君が教授したことを一生懸命にやっていたから、いまだに他の魔人に見つかっていないんだよ」


 スルドが人間を褒めるかのような言葉を言った為、オネットは今日の主の機嫌が全く分からなくなってくる。間違っても下賤な人間を褒める性格では無かったのに……


「これだけ楽しい事が続いているのに、何か水をすようで嫌なんだよ。面倒だから召喚と力の解放自体は僕がするけど、オネットが【勇者】の相手をして送り出してよね」


「スルド様、お言葉ではございますが、【勇者】をどのようにして送り出せば良いやら私には全く見当もつかないのですが……」


 オネットに面倒なことを普段から丸投げする傾向にあるスルドだが、流石さすがに今回のことはオネットの手に余る。


「適当で良いよ。神の使いを名乗って、人間最強の力を以ってして魔人の脅威きょういを取り除くように命じたなら【勇者】が勝手に判断してくれるから。後は転移させておけば良いよ。所詮しょせん、勇者なんて今生の【魔王ビス美酒ケス】を高める為の噛ませ犬に過ぎないんだから」


 人間たちの希望である【勇者】をそのように扱うスルドを見たオネットは一礼の後で退出し、部屋の外で軽く溜息をついた。

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