第9話 小さき野心
隆之とエリーナの二人の生活が一ヶ月を経過し、隆之は限界を迎えていた。
食事は料理人が用意し、身の回りの世話をエリーナが全て行ってくれている。生活費用は全てオネットからの仕送りで
彼は大学を卒業した後に企業に就職し、今まで約五年間を営業として働いてきたのである。
要するに今の彼の現状を一言でいうと、「ヒモ」と言っても過言ではなかった。
「エリーナ、今日から俺、働こうと思うんだけど……」
朝食後の洗い物をしているエリーナに隆之は彼女の顔色を
「タカユキ様、駄目です。そんな事をさせる訳には参りません」
エリーナは彼の言動に慣れ始めてきたので、今では割と気さくに話してくれるようになっていた。良い傾向だと彼も思うのだが、この場合は大人しく従って欲しいと隆之は思う。
「いやぁ……する事が無いんだよ。毎日朝起きて、マリオさんが作ってくれたご飯を朝と昼に食べて風呂に入ってから村の
「何をなされるおつもりですか?」
「だって、掃除も洗濯も農作業もエリーナが全部やってるし、女の子にそういう事を全部やらせて一日中家に
前の世界のように娯楽に溢れていた世界なら
「それが私の仕事ですから。タカユキ様に私の仕事をやらせる訳には参りません」
彼女も必死だった。彼が自分の事を自分でしてまえば、彼女の
「やはり、私は必要無いのでしょうか……」
「だから、違うって! エリーナは良くやってくれているよ。でも、全部君に押し付けるのは気が引けると言うよりも、何もせずに一日を過ごすのは限界なんだよ! 本当にする事が無いんだよ! 村を見て回るのにも飽きたし、魚釣りも飽きた! 本を読む事すら飽きた!」
「子ども達もタカユキ様と遊んでもらって喜んでおりますよ」
どれだけ言っても、エリーナは理解してくれない。庶民は汗して働くが、貴族は庶民から税を取ってそれで暮らすという
いくら彼が自分は貴族ではないと言っても、彼の経済力──オネットからの仕送りを見ているので信じて貰えなかった。
(駄目だ……やっぱり理解して貰えない……でも、
村の現状は貧しい。彼一人が労働に加わったからと言ってそれが改善される訳ではない。
仮に彼が仕送り全てを村の為に使い、肥料・農具・牛馬を買い
しかも、その農具を買い揃えた金の出所が疑われて税を誤魔化したとして村人全員が厳罰を受ける事になる。馬鹿馬鹿しい限りだ。
ヨルセンの村はライオネル王国の直轄領の為、金銭で領地を買うことも出来ない。国王が派遣した代官が善政を行う気配は全く無かった。
隆之は一度だけジゼルの代官と面会したが、彼は隆之に対して
(そもそも、こんなに
彼らの可処分所得を増やす事は隆之には出来ない現状において、彼は大貴族の隠し子として怠惰な毎日を過ごすしかない。とてもやるせない事だった。
隆之は村人を巻き込んで村の広場で
隆之の想いは村の皆にも伝わり、最初の頃にあった
彼が酒宴を行う様になったのは、この家に住んでから五日目のことだ。
エリーナは食事を良く残していた。二日目には料理人のマリオに二人分の料理を作って貰っていたが、彼女は自分の分に
隆之は彼女の行動に予想が付いていた。案の定、彼女の向かう先は村人の家々だった。彼女は自分の残した分と貯蔵庫にある食材を少しだけ持って廻っていたのだ。
辺りを見回しながら、村の女性達に
その様子を隆之が黙って見守っていた。
最後の家で隆之にその行為を見つかった瞬間、エリーナの顔は見る見る
「何も言わなくて良い……」
隆之はエリーナにそう告げ、一緒に家に帰った。
その翌日から隆之の放蕩生活が始まった。料理人のマリオに朝と昼だけ作って貰い、残りの食材を全て使って村の広場で宴会を開く事にした。だから、今では毎日大量の食料が隆之とエリーナの家に【カタール商会】から
女性陣に料理を作って貰い、皆で食べて飲む。最初は変人扱いされていたが、今では隆之の気持ちは村人に十分に伝わった。
「分かったよ、エリーナ。でも俺は諦めた訳じゃあ無いからね」
隆之は彼女の為に自分の食器を持っていき、これからのことを考える。
(絶対にこの村の人達が誰も飢える事の無い体制にしてみせる……)
彼の小さな野心とも言えるこの思いは直ぐに実現することとなる。
彼の思ってもいなかった形で……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます