第6話 この世界で生きる
──一ヶ月後──
隆之はスルドの
スルドからは召喚された次の日に館を出て行くように言われていたが、見知らぬ土地で付け焼刃の知識・情報だけで他の魔人達から身を隠せる訳がない。よって、必要な知識を得る為に
スルドの
羊毛か何かの
「隆之様、お考えに多少の間違いがございますので、修正を言わせて頂きます」
基本的には良い人(?)なのだが、オネットもスルド同様に隆之の魔力の流れから思考を読んだ上で情報を提供してくれる。話は早いのだが、あまり気分の良いものでは無い。
「申し訳ないのですが、私の身に
「では、庶民や
「庶民では麻などの植物性の繊維を使用した
「はい、分かりました。ありがとうございます」
衣食住に関する質問は最初に
彼がオネットに聞いた最初の質問は「シャンプーやトリートメントはあるのか? 風呂は毎日入れるのか?」と言う実に下らないものだった。
そのような内容にも関わらず、オネットは「無いことは無いのですが、非常に高価で庶民が使用することはあり得ません。庶民が風呂に貴重な燃料を使用してまで入ることは滅多に無いですね。夏場などは水浴びで済ませることが多いですし、冬場はお湯に浸した麻布で身体を拭うのが一般的ですね」と答えてくれた。
香料の入った洗髪剤があることに隆之は興奮した。無いのであるならば諦めるしかないが、非常に高価でも存在するのであれば、購入すれば良いことだった。
この一ヶ月で分かったことなのだが、スルドが彼の為に用意してくれた支度金は莫大な金額だった。庶民の年収がどんなに頑張っても金貨三枚──国により金の相場が変動する為に
庶民の年収の実に二百年分をスルドは隆之の為に用意していたのだ。
オネットが言うには、生活基盤が成り立たないと他の魔人の元へ走る可能性が高いのでそれをスルドは排除したかったそうだ。隆之もその可能性を否定することは出来ない。人は衣食住足りて礼節を知るものなのだから。
その金貨を
月に一度その商家から迎えの馬車を寄越すように手配も完了しており、必要なものはジゼルで揃えるようにとのことだった。しかも、支度金が尽きても彼が他の魔人に捕まるまでは仕送りは続けると彼は断言した。
至れり尽くせりとは正にこのことを指すのであろう。
正直、そんな王侯のような待遇であるとはスルドと初めて会った時のことを思うと予測もしていない事態だったので、隆之が多少浮かれかけたのを見透かしたかのように、
「あまり目立った行動を取りますと、貧しい村でありますが
オネットが隆之に念押ししたが、住居は新築に建て替え、下働きを一名付けて彼の身の世話をさせる上にそんな金額を仕送りするという彼に対して隆之は
「今更でしょう?」
と苦笑しながら答えた。
彼の身分は庶民ではあるが、とある高貴な方の
ジゼルの街の地方役人程度では関わりたくない問題だ。好奇心は時に命取りになる。放置しておくに限るだろう。
彼自身もそうして生きてきたので、気持ちは十分に分かる。
「では、隆之様そろそろ参りますぞ」
オネットが【転移魔法】を使用し、次の瞬間には二人は馬車の中にいた。隆之の正面にオネットが腰掛け、御者が馬に声を掛けて鞭打ち、馬車を走らせる。
近代西洋で使用されていた馬車の作りに似ていたが、この様な馬車も身分が高くないと利用できない事は隆之は既存の事実であった。
彼の服装はこの世界の物に変わっていたが、やはり現代日本で彼自身が身に着けていた物よりも上質な物だった。
(とある大貴族の
揺れる馬車の中で隆之が考える。これからの生活を前向きに
要は他の魔人に捕まらなければ、それなりに楽しい生活を送ることが出来るのである。スルドには彼の平穏な生活を彼が死ぬまで見せ続けてやれば良い。
彼はここまで世話になったオネットにお礼の言葉と最後の質問を口にすることにした。
「オネットさん、この
オネットは口髭を一撫でした後、
「隆之様、礼には及びませぬ。私は主の命令に従ったまでのことですので。さて、質問に答えさせて頂きますが、私は魔人ではありません。スルド様によって仮初めの命を与えられた
オネットが隆之に馬車の窓を開けて見せた。そこに拡がる風景は現代の日本人の感覚では考えられない物だった。
痩せた土地に粗末な小屋が立っている。農耕に使用するであろう牛も年老いた上、飼料が満足に与えられずに痩せ細っている。村は
隆之が見るからに貧しいと感じたのも無理からぬ程にこの村は
そんな村の北側に真新しい石造りのブロックで出来た白を基調とした家が建っていた。大きさは現代日本人の感覚で
到着して、馬車から降りるとオネットが隆之に別れの言葉を掛けてきた。
「隆之様、私自身は貴方様が他の魔人に捕まることなく、平穏無事にお過ごしになられますよう心より祈っております。どうか、
そう言って、オネットは帰っていく。人でないとは言え、オネットの人間味に溢れた優しさに隆之は感激していた。しかし、後ろを振り返り家を見て、
(いや……これは目立つとか言う問題じゃあ無い。ごめん、オネットさん。多分無理だと思う……)
木を隠すのに草原を選んだスルドの悪意が十二分に感じられた隆之はこれから始まる潜伏生活に絶望を早くも抱いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます