第5話 心優しき少女

 エリーナが役人の言葉に頷き、自らの処遇を決めた次の日には【ジゼルの街】に大きな店を構える【カタール商店】から番頭がやって来て、彼女に家を建て替えるのでそのかんは村長の所で過ごして欲しいと言ってきた。


「貴方がこれよりお仕えする方はどうやら大変な御身分の方のようですぞ。表向きは庶民となっておりますが、当店に御来店された召使の方ですら貴族と思わしき服装であられました。くれぐれも粗相そそうの無きようにお仕えすることが肝要でしょうな」


 村長にそう話した番頭が懐から革袋を取り出し、中から銀貨をおもむろに村長に渡した。あまりの大金に村長もエリーナも目を見開く。


「これは、その召使の方からエリーナ様への当座の生活資金として当店がお預かりしたものです」


 スル銀貨十八枚、実に百八十万リィルもの大金に二人が困惑する。これだけあれば村人全員がこの冬を誰一人飢え死にすることなく過ごすことが出来る。しかし、この金は高貴な方にお仕えするエリーナを恥ずかしくないようにする為に用意されたものであろう。

  彼女を粗末な服装のままで高貴な方にお仕えさせることは出来きる訳がなかった。そんな村長の苦悩を悟ったエリーナが番頭に提案した。


「そのお金は私の自由にしても宜しいのでしょうか……」


 恐る恐る尋ねるエリーナに番頭は笑顔で答えた。


「勿論でございますとも。これはあくまでエリーナ様への住居を離れる迷惑料と考えて頂きたいとその方はおっしゃられましたので、御自由にお使い下さい。エリーナ様がお仕事で使用される服に関しましては当店の方で準備しておくようにと御注文なさり、オーリン金貨二枚の御予算で既に何着か用意させて頂いておりますので御安心下さい。それと、お仕えされる方が到着される日にはお手数ですが、わたくしどもが用意した服装に着替えて頂く手筈てはずとなっておりますので、御了承下さい。髪結かみゆいや御化粧等の準備もございますので前日には迎えの者を送らせて頂きます」


 夢のような話だった。彼女が奴隷として売られるとしても、精々四十万リィル、スル銀貨四枚の値が付くかどうかであろう。

 商人の話がとてもエリーナには信じられない。身寄りの無い村娘一人に出すには破格過ぎる話だった。

 これではまるで、下級貴族の令嬢が上級貴族の屋敷に行儀見習いとして奉公に出るかのようだ。否、それ以上の待遇と言える。


「本当に良いのですか……」


 エリーナは未だ半信半疑で番頭に小声で話し掛けた。番頭は彼女を安心させる為ににっこりと頷いてみせる。


「では、村長にそのお金はお預けします……この村の為に使って下さい……」


 エリーナの提案に村長が驚愕きょうがくして答える。


「お前、何を言っているんだい! こんなお金が使える訳ないだろう!」


「良いんです。そのお金があればみんなが飢えずに済みます。どうか使って下さい……」


「エリーナ……お前は……」


 村長が銀貨を握りしめうつむいた。これは話があまりにうますぎる。

 恐らく厄介払いで来るだろうその貴族はエリーナに対してどのような扱いをするか想像に難くない。下手をすれば命の保障すら出来なかった。


「分かってるのです。私にそこまでの大金を出すと言うことの意味は……でも、どちらにしても売られていたんです。だったら、この幸運をみんなで分かち合って下さい。みんなが飢えずに済むのなら、父さんと母さんも喜んでくれますから……」


 そう言ったエリーナの顔はとてもまぶしく、美しかった。それを見た村長は目から溢れる涙を抑えきれず、下を向いて口を押えながら出来るだけ声を出さないように必死だった。

 村長の指から零れ落ちた銀貨が乾いた音を立てて、転がっていく。それを彼女が拾い集め村長の手にそっと握らせた。その手は畑仕事で荒れていたが、他のどんなものよりも暖かかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る