第4話 ヨルセン村の娘
ライオネル王国の直轄領である【ヨルセン】は貧しかった。先のモール王国との戦争で働き手となる男達の大半を失い、田畑は荒れるに任せていた。
本年の年貢は例年の
一人の男が村長の家を訪ね、接待を受けていた。彼はこの地域の年貢を徴収する役目を
彼はこの村の現状を必死に上役に説いたが、
「村の北の外れにある、フォルケンの娘のことだ……」
村長とは言えど、茶の一杯も出せないことに文句も言わずに黙って
男も非常に心苦しかったのであろう。村長の顔をあまり見ようとはしていなかった。
「エリーナのことですね」
村長の表情は暗く、これからの話題が良いものではないことを承知しているとその顔が物語っている。
「
男が立ち上がり、戸口の方へ向かおうとするのを慌てて村長が止めた。
「もう少しだけ、待ってやることは出来ませんか! あの子も頑張って田地を耕しています! 人頭税も年貢も何とかあの子の分まで工面します。労役もエリックの奴が倍の期間出ても良いとまで言っております! だから、お願いですから待ってやって下さい……」
男の言葉を聞いた村長は土間で男に対して額が土で汚れるのも全く気にせずに
「村長……無理なことは最初から言うものでは無い。
土下座をする村長に男は膝を曲げ、村長の肩に手を置きながら村長を
「私もあの娘のことを知らぬわけでもない
「でも、そんな! あんない良い子が! あんまりじゃあないですか! あの子が何をしたって言うんですか! 父親だって先の戦で奪われちまって……それでも、皆の前で気丈に振る舞って畑仕事をしてる! 村の奴らだってエリーナが両親の墓の前で泣いているのを知ってるんだ! そんな娘が
顔を上げた村長は役人の男に掴み掛らんばかりの勢いで、
「村長、もうそのくらいにしておいて欲しいものだ。これ以上、
男は泣き崩れていた村長を優しく抱き起し、村長にもう一つの話を告げる。その話を村長はゆっくりと立ち上がり、男をエリーナの家まで案内を決めた。
その頃、ヨルセンの村の外れに住んでいるエリーナは夕食の準備をしていた。
食事の途中で、戸を叩く音を聞いた彼女は箸を置いて土間の戸を開けた。
戸を開いて、村長と役人の顔を見たとき、彼女は遂にこの日が来たことを自覚した。
先月の戦に徴兵された父は帰ってくることはなかった。父と同じ部隊に配属されていた方が父の遺髪を持って来てくれた時には既に自らの運命は決まっていたのだ。
貴族の慰み者として奴隷として売られるしかないことを……
農耕に使う牛馬も無く、少女一人の力では田地に掛けられる年貢も人頭税も払えず、労役にも就けない。全てを失ってから奴隷に身を堕とす以外に彼女には道が残っていなかった。
役人の男がエリーナにその非常な現実を言葉にして伝えた。
「エリーナ、今日お前を尋ねた件はお前も気付いていると思う。昨日お前を奴隷とすることが決定された」
予想はしていた
次第に彼女の瞳から涙が溢れ、頬に軽い跡を残して土に消えていった。
「エリーナ! 話はそれで終わりじゃあないんだ。もう一つ話があるんだよ……」
村長がエリーナの両肩を掴み、勇気づけるように言った。役人の男は村長の言葉に重ねるように話を続けていく。
「実はある男から一人の男の面倒を見て欲しいと役所に申し出があり、その居住場所にここを指定してきたのだ。お主が奴隷となることも承知しておったのであろうな。役所に申し込んできた男が言うにはその面倒をお主に見て欲しいとのことだった。承知してくれるならば、二人の
エリーナにとってもこの話が自分を救える
村長と御役人様が自分の為に心を砕いた上でこの話を受けるように勧めている。彼女に断る理由は無かった。
「そのお話をお受けします……ありがとうございました……」
エリーナは今の自分に出来る精一杯の笑顔を二人に向け、小さな声ながらもお礼を言った。
エリーナを救う手段はこれしか無かったとは言え、彼女のその気丈な振る舞いを見た村長はエリーナを見て素直に喜べなかった。
そして、ここから二人の物語が始まる……
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