してはいけないこと
よりが戻ってから疑うことを覚えたタクミは、
まだハルカが他の男と
つながっているのではないかと
事あるごとにケンカをしてきた。
ハルカが、友達と旅行に行くときも
実家に帰ると言った時も。
普通に友達とご飯を食べに行っていたときも
タクミの行き過ぎた言動で揉め事が起きてしまっている。
タクミは
自分の言動が悪いと自覚していた。
自覚はしているが、抑えられない。
この
心の底からこみあげてくる不安感は
どうやったら消えるのか。
タクミはわからなかった。
わからないから
いつも行動した。
とりあえず、自分で確かめる。
旅行の時は駅まで送り、
一緒に行く友達を確認。
実家に帰ったときは
親にあいさつをしたいからという
無茶苦茶な理由で
ハルカのお母さんを電話に出してもらい、
自分が彼氏だと電話で自己紹介をした。
今、〇〇でご飯食べてるよ。
と、メールが来れば
本当にそこにいるのか確認しに行った事もある。
そうして
自分の目で確認して、やっと安心できるのだ。
ストーカーと言われればそうなのかもしれない。
だから、
今回も確かめてしまった。
タクミは、ハルカのケータイに手を伸ばした。
タクミの手のひらは
大量の手汗でしっとりと濡れていた。
部屋はテレビがついていて音が鳴っているはずなのに、
手汗を拭くために取ったティッシュの音が
異様に大きく聞こえる。
手汗を拭いたティッシュを握り締めたまま、
タクミはハルカのケータイを開いた。
2つ折りケータイを開くと
その画面には
「メール2件・着信2件」と
ポップアップが表示されていた。
同じメーカーの機種を使っていたタクミは
後で別の新着があれば
もう一度このポップアップが表示される事を知っていたため、
見た後に自分のケータイからメールを送れば大丈夫だと思って
躊躇なくENTERボタンを押す。
すぐに
メール受信画面が表示された。
題名 RE:
送信者 ナオキ
ナオキという名前を見て
タクミは一気に体が熱くなった。
一度開いてしまったメールを
未開封にする機能はなかったが、
タクミはもうそこまで考えられなくなっていて
そのままもう一度ENTERボタンを押した。
『もう来ちゃいましたよー
部屋入ってるからね(*^^)v
ヤバかったら出るから連絡ちょうだい!』
タクミはケータイの画面を見つめたまま
「うそだろ」と
力なくつぶやいた。
血の気が引く。
何かに胸の中を握りつぶされている。
メールの受信時間は23時18分。
いつもなら、
タクミはバイトが始まりカラオケで忙しく働いている時間だ。
夜の時間に働いていた自分が悪いのだと
怒りの矛先を自分に向けようとしたが、
どうしてもおさまらない。
「なんでだよ!!」
タクミはそう言って頭を抱え込んだ。
その声で
ハルカが目を覚ました。
「どうしたの……?…タクミ?」
寝起きのハルカが目をこすりながらソファーから体を起こす。
ハルカの目には
テーブルの上に開きっぱなしの
自分のケータイと
テーブルの横で頭を抱えて丸くなっているタクミが映った。
「タクミ?どうしたの?
具合悪いの!?」
一度はタクミに近づいて
彼の体を気遣ったハルカだったが、
テーブルの上にあるケータイを見てすぐに
口調が変わった。
「見たの?
ねぇ!あたしのケータイ見たんでしょ!?
おまえサイテーだな」
ぞっとするほど
冷たい口調に、思わずタクミは顔を上げる。
そこには
あの時のような
鋭い目つきのハルカが立っていた。
「見たんでしょって、聞いてるの!
何とか言ってよ!」
ハルカはタクミの襟元をつかんで叫んだ。
「……見ました」
襟元を掴まれたまま
ぼそりとタクミが言った。
「最低。人のケータイ見るなんてプライバシーの侵害だよ。
もう我慢できない。別れる!」
そう言って
タクミを思いっきり突き飛ばすと
身支度をし始めるハルカ。
タクミは今、ハルカを帰してしまったら
今度こそ本当の終わりのような気がした。
だから、
背を向けるハルカの肩を思いっきりつかみ
顔をこちらに向ける。
「ケータイを見たのは悪かったよ。
俺が悪いよ!
でも、誰だよ?誰と会う約束してたんだよ!
ナオキって誰だよ!」
タクミの手を強引に振り払い
ハルカは部屋を出ようと玄関に向かう。
タクミは
ハルカの服をつかみ、必死に誰だよと叫んでいた。
「うるさいなぁ……この手放して。
服が伸びちゃってんじゃん。
これ、超高かったのに。どうしてくれんの?」
「放したらここからいなくなるでしょ?
答えてよ。
俺はハルカの事…」
愛してる。
タクミはそう言いたかったが
涙がどんどんあふれてきて声が出なかった。
「キモいんだよ。
そうやって泣くの。
ナオキはあたしの大切な人。
あんたはあたしがいないと生きていけないんでしょ?
だから今までケンカしても
かわいそうだからヨリ戻して付き合ってあげてたのに。
もう、疲れた。わかったら、放してよ!」
ハルカは引っ張られて伸びたワンピースを気にしながら
そのまま出て行った。
玄関には泣くことも忘れたタクミが立っている。
何もわからない。
どうしてみんな、自分を置いていくのか。
わからない。
ただ、好きなだけなのに
一緒にいたいだけなのに
いつも寂しい。
最低の3連休の始まりだった。
とりあえず玄関の鍵を閉めて
タクミはソファーに腰を下ろして
タバコに火をつけた。
ハルカがタバコ嫌いということもあり
彼女の前では極力吸うことを避けていたタバコを。
さっきまでハルカが寝ていたソファーには
寝着いた時にかけてあげた毛布が置かれている。
タクミは毛布に残ったハルカの匂いが嫌で
丸めて洗濯機にぶち込んだ。
時間はたっぷりあったが、
外に出る気分にはなれないようで
タクミは深夜番組の流れるテレビを眺めていた。
確かにタクミは
ハルカがいないと生きていけない。
そんな内容の話を
ハルカにしたことがある。
だから
付き合っていたのか。
タクミは自分がハルカにとってただのお荷物だったという事実を突きつけられて、
ショックだった。
ショックというか、
それを通り越して、また死にたい。
あの蓋をしていたものが、心の中から湧き上がるような、嫌な感覚。
タクミは学生のころに使っていたルーズリーフを出して、ボールペンで何かを書き始める。
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