頼りになる大人

『じゃあ、整理しよう』


部屋に向かい歩き始めたものの、

カラオケでの店長との話を思い出して

タクミは一瞬、立ち止まった。


『お前の他に、彼氏は二人。 

 一人は高3のヤスハル、もう一人は高1の誰か』


ハルカの部屋は2階の一番左端。

階段を上って一番奥まで進まなければいけない。

コンクリートでできた階段を

タクミはゆっくり上っていく。


『ハルカちゃんは要するに、猫かぶってたってことだ』


階段を上ると

ずらりと部屋のドアが並び

一戸一戸に小さな電球がついている。


『お前の事は本気で好きなのかもしれない。 

 でも、もうやめろ。そんな男癖の悪さがすぐに直るわけがない』


郵便受けからチラシがはみ出ている部屋

換気扇が回っていて中からいい匂いがする部屋


『あいつから聞いてなかったら

 ずっと騙され続けることになってたんだぞ』


ドアの横には、小さな鉢植えが置いてあった。

この前来た時には

ベランダできれいに花を咲かせていた小さな鉢植えは

今は葉を茶色くさせている。


『だったら会って確かめろ。

 それでもなぁ

 嘘つかれてるかもしれないけど、おまえがそれでいいなら付き合い続けろ』



ピンポーン



タクミはボーっとしている頭のままインターホンを押した。

ドアの奥で物音がする。

すぐに

カチャン

と、鍵を開ける音がした。


ドアが開いて、チェーンでつながれたドアと壁の隙間から

ハルカの顔が見えた。

泣いてはいない。

化粧もしている。


「急に来て悪いんだけど

 話があるから中に入れてくれない?」


無言でドアを閉めたハルカは

チェーンを外してもう一度ドアを開けた。

あれだけの量のメールや電話をかけてきた割には

とても静かで、

タクミはハルカが怒っているようにも感じた。


「鍵、閉めてね」


ハルカはそう言って

玄関にいるタクミに背を向けた。

ハルカの部屋の匂いだ。


タクミとツカサが住んでいるアパートとは違い

入ってすぐにキッチンスペースがある1Kのハルカのアパート。

電気のついていないキッチンを進み

奥にある部屋に入ろうとするハルカに向かってタクミは言った。


「部屋には上がりたくないんだ」


ハルカは無言のまま部屋の入口に立っている。

奥にある部屋には電気がついていて

テレビの音が聞こえてきた。


「その態度が答えなんでしょ?」


まだハルカは動かない。

こらに背を向けたまま、無言。


「俺の他にも付き合ってる人がいるんでしょ?こっち向いてなんか言えよ!」


タクミの右手は玄関の壁を殴っていた。

ガン!という鈍い音に

ハルカはこちらを振り向いて近寄ってくる。


「男はみんなそう。

 少しでも気に入らないことがあれば何かに当たり散らして。

 警察呼ぶよ?もう帰って。別れよう」


「はぁ?」


「帰ってって言ってるでしょ!」


声を荒げてハルカが叫んだ。

今までタクミに見せたことのない

鋭い目つきで。

夢の中のハルカが、そこにいた。


タクミは何も言わず、ハルカの家を出た。

何か言ったらまた泣きそうだったから。

どうして逆ギレされたのか

どうしてあんな目で睨まれなくてはいけなかったのか。

確かにタクミの言い方が悪かったかもしれないが

あの態度は何なのか。



勢いよく走っていたのは

アパートの階段を下りて駐車場の中間あたりまでで、

後は泣きながら

自分の家まで歩いて行った。


どうして、泣いているのか。

男なら、泣くなという定義はだれが作ったのか。

人は同じ過ちをどうして繰り返してしまうのか。


アーケード街を泣きながら歩くのは初めてではない。

背は人より大きいから、目立つ方だが

そんな大人が鼻をすすりながら歩いていても

みんな見て見ぬふりをしているだけ。

こんな世の中だから

誰かにそばにいて欲しい。



自分は大人になったら、

こうして泣きながら歩く不審者を見つけたら手を差し伸べられる人間になりたい。


そう思いながら、ふらふらと歩く。




次の日からのタクミはいたって普通だった。

珍しく夜に家にいたツカサは

また泣きながら帰ってきたタクミを見て

今度はどれだけ長い時間へこみ続けるのか

心配していたが。


タクミは学校には一切行かなくなったが、カラオケとライブハウスのバイトをして毎日を過ごしていた。

昔、女にフラれて何日も部屋に閉じこもっていたころに比べればだいぶ成長したものだと、

ツカサは不安定な弟の精神状態を陰ながら気遣う。


一緒に遊びに行けば何もなかったように笑顔で、

いつものノリで笑っているタクミにほっと胸をなでおろしていた。


そんなツカサの心配をよそに、

もっと辛い現実がタクミを襲い始めていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る