護りたかったもの

タクミはアパートのソファーに寝そべりながら

昼間からつけっぱなしのテレビを見ていた。


日が落ち、暗くなった部屋の中でテレビの光が若干まぶしく感じる。

と、またケータイが鳴りだした。

授業が終わったのか

別の彼氏と会った後なのかわからないが、

数分ごとに、着信履歴が埋まるほどの電話が

ハルカからかかってきていた。


怖い。


あの日以来、メールも返事をしなければ何十通とくる。


怖い。


『お願いだから話を聞いて』


『あれはヤスハルが私たちの仲を裂こうとしてやったことなの』


『私の言葉よりあの人が言ってることを信じるの?』


あれからハルカに会って

本人の口から真実を聞いたわけではない。

タクミは電話で


「ヤスハルから聞いたから」


と言っただけだ。


たった一言そう言って電話を切った。

それから数時間後に言い訳のメールが届きはじめた。

その間に

ヤスハルと連絡を取って、タクミに何を話したのか聞いたからそんなメールが届くのだろう。


タクミはそれが許せなかった。

別れた

と、ヤスハルは言っていたが

まだ連絡をとれる状態にあるということだ。


タクミだってすべてが嘘だと思いたかった。

すべて、ヤスハルが二人の関係を悪くするために仕掛けた罠だと思いたかった。



それならば

こんなメールは来ないだろう。


『本当に好きなのはタクミだけだから』


本当に好きなのはタクミだけならうれしい限りだ。

でもそれは

好きじゃない人とも関係があるということか。



タクミはソファーから起き上がった。


また鳴りはじめたケータイはテーブルの上に置いたまま

テレビを消して部屋を出る。

タクミはハルカのアパートに向かっていた。




なぜか、タクミは夏の夜が好きだった。

子供のころの記憶か夢なのかは定かではないが

タクミは乾いた草の上に寝転がって

夜空中に輝く星の大河を眺めていた。

隣に誰かが寄り添っているような気がする。

だけどわからない。

虫の鳴く声が頭の中に響く。

草の緑色の匂いがする。



似たような体験をハルカと初めて会った日にしたタクミは、

彼女こそ運命の人だと。

勝手に思い込んでいた。



暑い、じっとりする空気が身体に絡みつく。

タクミの住んでいるアパートは

アーケード街のすぐ近くだった。


時間はまだ20時前。

アーケードはたくさんの人でにぎわっていて

すれ違う人はみんな楽しそうに笑っている。


その中でも

手をつないで歩くカップルが目についた。

そういえば

ハルカとはこうして外を歩いたことがない。

いつもデートはハルカの車で移動して

手をつないだ事なんて数えるくらいしかなかった。


夜は勉強するから

あんまり来ないでほしいな

すっぴんだし。


前にハルカはそう言っていた。

別に勉強の邪魔はしないから、一緒にいるだけでいいんだ。

そんなタクミの発言に

じゃあ来るときは必ず連絡してね。


と。

今はそんな約束など関係なかった。

思い返すと、おかしい事ばかりだ。

なんで気が付かなかったのだろうと

タクミはこぶしを握りしめた。

こんな時、昔の自分ならあたりかまわず暴れて何かを壊していたかもしれない。


おかしいなと思うことが何度もあったのかもしれない。

いや、何度もあった。

あったんだ。


あったけど、

今までの女とは違う。

そう思って、都合のいいように解釈してハルカを自由にしてきた。


タクミがハルカの事を好きになったのは

見た目だけではなかった。

ただ優しいだけではなくて

育ちの悪いタクミの言動を直そうともしていた。


おまえ、彼女できて変わったな


友達にそう言われるたびに

タクミはうれしくて照れ笑いをする。

ハルカに会ってから

あの

埋めることのできない大きな穴が埋まったような気がした。


でも、ほんの一瞬だった。

本当は、毎日寂しくて

自分の話を聞いてほしくて


『どうして会ってくれないんだよ!

 もう俺に飽きたんでしょ?

 いいよもう、一人で生きていくから!』


そうハルカに怒鳴る夢を、タクミは何度も見た。

言いたいことがたくさんあるのに

声が出ない。


夢の中で。

タクミは、かすれる声でハルカに想いを伝えるのに

何一つ届くことはなく、見下したような冷たい視線でハルカに睨まれる。


そんな夢を見ていたのに

本気でぶつかることができなかった。

ハルカからは

他の女とは違う何かをタクミは感じていた。

ハルカは絶対裏切らない。

裏切るような人間じゃない。


なかなか会えなくなっても

そう思って付き合い続けていた。

タクミはまだハルカの事が好きだった。

大切な人だし、守っていきたい。

でも、もう信じることはできなくなっていた。


ヤスハルからすべてを聞いた日から

約一週間。

これから会って話をしたら何かが変わるのだろうか。

ヤスハルから聞いたことはすべてなかったことにできるのだろうか。


とても不安だった。

連絡をしないで家に行って、玄関から出てくるのはハルカではなくて別の男だったら……


アパートに行っても留守で、車で帰ってきたと思ったら

知らない男を乗せていたら……

そんな悪い事ばかりを考えながら

アーケードを抜けた。


駅の裏を通り、大きな道路に出る。

そこからしばらく歩くと学校の寮があった。

寮の前を通って住宅街へ。

この辺りは、学生が多く住んでいてボロボロのアパートが多い。


そんな中、ハルカの住んでいる物件は

広い駐車場もあり

外装もきれいでひときわ目立っていた。

ハルカの部屋には電気がついている。

車もある。


タクミはそれを見て一瞬立ち止まったが

表情を変えることなくハルカの部屋へと向かった。

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