裏切り

ここも学食も

高校との共有スペースになっていて、

知恵の広場には

たくさんの掲示板やサークル勧誘のチラシ、

勉強会の予定などが掲示されている。


窓側には仕切り付のテーブルと椅子が備え付けられていて

中央には大きな観葉植物が置かれ

周りを囲むように

いくつかのテーブルとイスが置かれていた。

ここは大体お弁当を食べる女子大生で埋まる。


今日も満席だ。

タクミとリョウタは

比較的すいている高校の掲示板スペースに移動しながら

もらってきた書類に文句を言っていた。

文句はタクミだけだったが。


高校との共有スペースといっても、ほぼ大学生が使っている。

高校時代、あれだけやんちゃだったタクミやツカサも

昔ここに来た時は、完全アウェイで2度と行く気がしなかった。

そんな知恵の広場で

タクミは懐かしい高校の制服を見た。

よく見れば、タクミの知っている人物だった。


2つ年下の優等生。

名前は確かヤスハル。

なぜ知っているかといえば

彼はハルカの元彼氏だったから。

シンヤからの情報で、付き合いたての頃はよく目の敵にしていた人物だ。


彼とハルカは家が近所で親同士の仲が良く

よくハルカに勉強を教えてもらっていたらしい。

付き合っていたのはハルカが高校一年生で

彼が中学校1年の時。

ハルカが進学した高校はその県で一番の進学校。

実家からはかなり遠いため、学校の寮に入っていたハルカとは

遠距離恋愛だったようだ。

遠距離だから長く続かなかったらしいとシンヤは言っていたが、

家が近所で家族ぐるみの付き合いをしているなんて

タクミには憎たらしい限り。


そこそこ見た目も良いし。

要注意人物だ。



そんな彼が今、こちらに歩いてくる。

タクミと合った目をそらさずに。


「お前の知り合いか?」


高校生なんて珍しいなと、リョウタがタクミに聞いた。


「はぁ。明らかに俺に用があるって感じだ。

 あれさぁ、ハルカの元彼なんだよね」


「俺、いていいのか?」


さっきまでの威勢がない。

勉強以外のことは全くの素人のリョウタだった。


「いいよ別に」


そう強がって言ったタクミだったが、内心とても不安だった。

できればそばにいてほしい。


「石川タクミさんですよね?」


「そうだけど」


制服を着た高校生は

案の定、タクミたちの前で足を止めてそう言った。

リョウタは椅子から立ち上がり

掲示板を見始める。


「俺、千葉ヤスハルと申します。

 ハルカさんの事で言いたい事がありまして。

 職員室に用事があって来たら姿を見つけまして。

話そうか迷ってたんですが、丁度よかったです」


「んな事はどうでもいいよ。なんか用でも?」


タクミは手に持っていた

アルバイト就業届を静かに椅子に置いた。


「そのー……

 ハルカさんとは先週の金曜日にきっぱり別れましたんで。

 ご迷惑をおかけしてすみませんでした」


「はぁ?!」


タクミの声が知恵の広場に響いて

一瞬そこにいた全員がこちらを見た。


すぐに、その視線も静寂もなくなり

知恵の広場はいつもの風景に戻ったが、

その中で一人だけ殺気を立てている人物がいる。

リョウタはいつでも止めに入れるように身構えた。


体の奥底が、ドキドキしていた。


きっと、自分の顔は今、赤いだろう。

タクミは、落ち着けと自分に言い聞かせるが

指先が震える。

胸の奥が、痛い。


椅子から立ち上がり

目の前の男の胸元をつかもうと両手に力が入る。


「おい、タクミ?」


掲示板の方を向いたまま

リョウタがなだめるように声をかけた。


そうだ、ダメだ。

タクミはそう自分に言い聞かせ

震える両手を下ろした。

大きく咳払いをして、息を吸う。

食堂の味噌汁の匂い、学生が食べるお弁当の匂い。

目の前にいる男の香水の匂い。


吐きそうだった。


「別れたって?

 俺とハルカはもう付き合って3年目になりますが」


「そうなんですか?!

 俺は仲のいい友達としか聞いてなかったんですが……」


タクミはゆっくり椅子に座った。

体から力が抜けて崩れ落ちたのかもしれない。

焦点の定まらない目からは

もうさっきの怒りは消えていた。


「絶対怒らないし、手も出さないから。

 全部話してくれない?」


しばらくの沈黙の後

そう言って、タクミは頭を抱えた。




タクミはその日の午後

学校をさぼってバイトをしていたカラオケに向かった。

夜にバイトのシフトが入っていたが

今日は働けないから休ませてくれと直に店長に言うタクミ。


何でだと店長が聞くと

タクミは無言で泣き始めた。

平日の午後、この店はそう忙しくない。

仕込みや発注をほかのバイトに任せると

店長はタクミをカラオケルームに連れ込み、酒を飲ませて話を聞いた。


いつも元気でみんなを引っ張っていく存在のタクミが

無言で泣き崩れるなんてただならぬ事態だ。

バイトも社員も泣きながら部屋に入っていくタクミの姿を見て驚き、

一日中その話題で盛り上がった。


タクミはどうやってこの店まで来たのかも覚えていないし

フロントで泣き崩れたことも覚えていない。


ただ、フロントで

「知恵の広場で!知恵の広場でぇー」

と言いながら泣きじゃくったタクミの言動は、

しばらくの間『知恵の広場事件』として

タクミをゆするネタになった。

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