銀河の贈り物

その想いから逃げるために、

毎日忙しくなるように予定を入れて

何も考えないようにして生きてきた。


過去に、彼女ができたことによって

一時的に満たされて穴がふさがれても

それは時々現れて、タクミを苦しめた。

誰にも言えない悩み。


さらに、浮気という

相手の行動でどん底に突き落とされる。

どうせ自分の代わりはいくらでもいる。

そんな風に捨てられるなら

ずっと一人の方がいい。


だけど、やっぱり何か足りない。

人が恋しい。

自分だけを見てくれる人とずっと一緒にいたい。

癒されたい。

自転車に乗りながら

タクミはなぜかまた、死にたくなっていた。



また最初だけかもしれない。

すぐ捨てられるかもしれない。


それでも、

会いたかった。



楽しいことと辛いことはいつも紙一重。

そんな天秤の上を

危なっかしく渡り歩くこの世界に嫌気が差す。


この世界が嫌なんじゃなくて

そんな自分自身が嫌いなのかもしれない。

と、このループにはまると立ち直れなくなる。


タクミは無理やり思考を切り替えた。

こういう時は鼻毛を抜く。

痛みで一瞬、顔がゆがむが

昔からこうしてあのループから抜け出してきたのだ。




着いた。

小さな街灯が駐車場の入り口にあるだけで

暗い駐車場の入口に

エンジンのかかった青い車が止まっていた。

運転席に誰かがいる。

タクミは自転車から降りて、いつの間にか上がっていた息を整えながら

青い車に向かっていった。


と。

運転席の人影がタクミに気づいたようで動き始める。


すぐに、青い車のドアが開いて中から髪の長い人が出てきた。


「タクミ君」


さっきまで電話で話していた声が

タクミを呼んでいる。

ハルカが手を振りながらタクミの名前を呼んでいた。


タクミが落ち着きを取り戻したのは

それからどのくらいあとだったのか。


手を振るハルカに

タクミも手を振りながら近づいて行った。

タクミの身長が高いせいか、ハルカはとても小さく華奢な体つきに見えた。


見えたというかとても細い。

ストライプの入ったパンツスーツと

長い黒髪がさらに細さを強調している。

初めまして

と一応頭を下げると

ハルカもまた

初めましてと深々と頭を下げた。

すかさずハルカが今日はごめんねと謝り

タクミはもう嫌われたかと思ったと冗談を言う。

とりあえずご飯でも食べようということになり

タクミは駐車場のわきに自転車を止めて、

ハルカの助手席に乗り込んだ。


車の中は甘いにおいがして、

意外なことに

ヒップホップが流れていた。

どのくらい無言でキョロキョロしていたのか

タクミにはわからない。


「緊張するね」


「そうですねー、

 ってか、背めちゃくちゃ小さいですね」


「なんで敬語なの?

 ウケるね。いつ直るんだろ」


「じゃ、今日は敬語でいかせていただきます。

 初日なので」


「じゃあ何食べようか?」


「って、なんかもうちょっと敬語について

 絡んでほしかったなーなんて思ったんですけど」


「じゃあ

 今日は初日なので思い出に残るような所で食べましょうか」


「はぁ?」



そうして車が走り出し、車内での会話は順調に進んでいった。



タクミがぎこちない敬語で話し、ハルカがそれをバカにするような

ほほえましい時間が続いた。

どこでご飯を食べるのか聞いても

なかなか答えてくれないハルカ。


「タクミ、最近ニュースとか見てないの?」


「ニュースどころかバイトでテレビもろくに見てないっす」


やっぱりなー

と、ハルカはやけに楽しそうに言った。


青い車は

なぜかコンビニに立ち寄り、二人はお弁当やデザートを購入した。

タクミはまだ訳が分からなかったが

ハルカはとても楽しそうで、

早くしないといい場所がなくなっちゃうと

コンビニの灰皿で一服するタクミを急がせた。



「なんでこんなに人がいるんですか?」


青い車は

タクミたちの住んでいる街の外れにある小さな山を登っていた。

ずいぶん昔、シンヤの父親に連れてこられた記憶がある。


そこは週末になれば家族連れでにぎわうらしいが

夜はただ暗い道と

暗い広場と休憩所があるだけなのに

なぜか今日は車が多い。

休憩所の駐車スペースはほぼ満車で

みんな外に出て楽しそうにしていた。


とっておきの場所があるからと

ハルカが車を走らせた先は、

もう一段階、山を登ったところにある

道の舗装されていない駐車スペースだった。

こちらも車の影はあるが

さっきの場所より少ないし騒がしくない。


木に囲まれた駐車スペースの一番奥まで車を進めると

そこは

街をぐるりと見渡せる隠れた夜景スポットだった。



高層マンションの明かりも、

母親たちが働いているであろう飲み屋街のネオンも

ここから見るととてもきれいだった。


「こうゆうのって、

 ふつう男が連れて行くもんですよねー。

 やっぱ年下ってダメですね」


「そうだねー、

 まぁもっとすごいのを見せてあげるから。

 免許取ったらまた連れてきてね」


「もっとすごいのって?」


ハルカはタクミの質問には答えずに

先ほど購入したコンビニ弁当の袋を開け始める。

タクミはおしぼりを渡されて

言われるがままに弁当を食べ始めた。



「あーっ!

 やっぱりダメ!お弁当あとで!

 タクミ、外に出るよ!」


「はぁ?」


ハルカは車のエンジンを切って外に出て行った。

なんだか周りが騒がしい。

ハルカは後ろの方に走って行ったけど。



一体何が――――――――――!?




タクミの目にもそれは飛び込んできた。

街の光とは反対側の山の上の方から

流れ星が

1つ…

また1つ

パラパラと光が降ってきた。


星が流れるたびに

下の方では大きな歓声が上がっている。


タクミは急いで車を出て、ハルカの方へ走ってゆく。

外は少し湿っぽくて、生ぬるい感じがした。

夜の匂いだ。


ゆったりとした甘い時間が始まる。


「タクミ、早くおいで」


こちらを振り返って空を指さすハルカ。

その先には、

道路沿いにある木々の間から

いくつもの星が流れていた。


季節外れの流星群。

数日前から世間を騒がせていた一大イベントだった。


こんな日に

好きな人と二人で会える機会をくれた誰かに感謝しよう。

幸い人影はないようで、

タクミは空を見上げるハルカの手を握り

これでもかというほど幸せをかみしめながら

一緒に空を見上げた。


「ねぇ、今日会えてよかったでしょ?」


そう言いながら、ハルカは空ではなく僕の顔を見上げた。


「そうですね。

 これからはちゃんとニュース見るから。

 次からは、

 オレがいろんなとこに連れて行けるようにがんばるから」


タクミはハルカを後ろから抱きしめていた。

腕の中にすっぽり収まり、自分の腕を重ねてくるハルカ。


タクミはもう

空から降る星の光ではなく、ハルカの顔を覗き込んでいた。


自分の胸のあたりでハルカが息をしている。

星なんてもうどうでもよかった。

この人を大切にしたい。

そんな思いを込めて、ハルカにキスをした。

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