抱える闇

接客コンテストはあっという間に終わった。

結果はすぐに知らされ、

お昼過ぎに表彰式が行われた。


タクミはこれが終わったらハルカと会えるという

楽しみなことを胸に秘めていたせいなのか

なんと

アルバイト部門で最優秀賞を取り、全国大会進出を決めた。


それでも、

そんな事はもうどうでもいいようで。

ハルカと何をするか

どこで遊ぶか……

そんな事ばかり考えていた。


きっと気持ちが浮ついているせいだろう。

笑顔が本当に素敵でしたと、

お褒めの言葉ももらったが耳に入らない。


表彰台で賞金の目録をもらった時も、バイト先の店長のありがたい言葉も

心配でついてきたリーダーの泣いて喜ぶ姿も

全部上の空。


ケータイのメールを見るまでは。


「えーっ!

 今日夕方の子キャンセルにならなかったって!

 会えるか微妙かもって」


「はぁ?

 タクミ君、何なの?

 今、全国大会の日程聞いてた?」


そのメールを見たのは

閉会式が終わる最後の締めくくりを司会の幹部が話している最中だった。

すぐに会が終わって会場内が騒がしくなったため

タクミのでかい声で注目を浴びることはなかったが、

前に並んでいた数人がびっくりしてタクミの方を振り返っていた。


「あーあ。

 リーダー、俺、結構がんばったと思うんだけどな。

 せっかくのチャンスが台無しだ」


「ちゃんと聞いてたのね。

 やっぱりあなたはやるときはやる子なのよね。

 私もほんとに残念。

 コンテストで学校を休むわけにもいかないしねぇ」


「え?何がですか?」


「全国大会は一か月後の水曜日ですってさっき聞いてなかったの?

 タクミ君それで悲しんでたんじゃないの?」


リーダーは手帳とタクミの顔を交互に見ながら

あの不快なキンキン声で話している。


あぁそうですよと、

タクミは面倒くさそうに話を合わせた。

さっきまでのテンションはどこに行ったのか

リーダーも不思議そうだったが

よほど全国大会の事が悔しいのだと思い込んで話を進める。


「一か月後ってまだ七月の上旬でしょ?

 夏休みにも入ってないじゃない。しかもなんかテスト期間っぽいわねぇ。

 私も娘が高校生だからなんとなくわかるわ。

 どうしましょうねぇ」


「リーダー、まぁ何とかなりますよ。

 俺はこれで帰りますから。

 全国大会はどうでもいいです。

 あとで賞金くださいね」


リーダーに背を向けて、ケータイのメールを読み返す。


他にシンヤとコウヘイから

今日付き合ってしまえ

どこまでもいってしまえ

という冷やかしのメールが来ていたが、

返す気にもならないようでそのままケータイを閉じる。


タクミはどんよりとした気分のまま家に帰った。






―――――ケータイが鳴っている。



タクミはリビングのソファーから起き上がり

床に落ちているケータイを拾った。

自転車で家に帰り、

誰もいないリビングでそのまま爆睡。

ふて寝というやつか。

服はバイト着のまま。

コンタクトもつけっぱなしで

目が痛いようでしきりに瞬きをしている。

リビングはまた真っ暗だから、もう夜のようだ。


「……はいはい?」


タクミはとりあえず電話に出て

ハンズフリーモードにするボタンを押した。


『あータクミ?

 ごめんねぇ。今カテキョ終わって。

 何してた?』


「寝てた……」


『ごめん、これほぼドタキャンだよね?

 あたし最悪。怒ってるでしょ?』


受話器の向こうから、ハルカの焦った声が聞こえてくる。

タクミはみるみるうちに我に返り

あわててテーブルの上に置いていたケータイを耳にあてた。


「ごめんごめん!

 俺、寝起き悪くてさぁ。

 怒ってないよ、いつもこうなんだよ」


『うわぁ、なんかうるさいんだけど。

 でもごめんねホントに』


タクミは焦ってケータイがうまく操作できないようだ。

さんざんハンズフリーモードを解除しようとしたが

結局間違って

通話終了のボタンを押してしまった。


急いでタクミは電話をかけなおして、

今電話が切れた理由をハルカに説明する。


『ウケるねー。

 タクミ機械得意そうなのに』


「いやー

 それだけ焦ったって事で。

 俺、怒ってないから。とりあえずお疲れ様」


『ホントごめんね。

 もう9時過ぎだし。どうしようか?』


「えっ、もうそんな時間なの?

 寝てたからわかんなかった。今から遊ぶ?」


『タクミがいいなら遊ぶ。

 お母さんとか仕事でいないんでしょ?』


「今日絶対遊ぶって言ったじゃん。

 よかった~。

 どうする?今どこ?」


『今車で学校の近くに来てるから車でどっか行こうか?』


タクミはこの辺からあまり記憶がない。

どんな話をしたか覚えていないほど、

ドキドキして舞い上がっていた。


ハルカはアパートを借りて一人暮らしをしている。

実家が金持ちなのか

外国メーカーの乗用車を持っていて

車で学校にくることもよくあると言っていた。


タクミは免許も持っていない。

車でデートなんて未知の世界だった。

集合場所は学校前の駐車場。

タクミは一番好きな服を着て

兄のツカサの香水をつけてマンションを出た。



『青い車だよ』


確か電話でそう言っていた。


タクミは自転車を飛ばしながら、

お昼休みに遠くから見たハルカの姿を思い浮かべていた。

あの時から

もう一か月以上たっている。

毎日同じ敷地内で勉強しているはずなのに

なかなか会えない。



それでも、

メールではいつも優しい言葉をかけてくれるハルカ。

顔なんか見なくても

その一つ一つの言葉だけで

ハルカの事が好きになっていた。





母親にはろくにかまってもらえないまま

いつの間にか高校生になった。

今は、家事もほぼタクミがするようになり

がんばってるね、ありがとう

なんて

ずいぶん言われていない。

何かあれば

兄のツカサと比べられて劣等感を感じる。

友達と楽しく遊んでいても、

タクミの心の中には埋めることのできない大きな穴が

体のどこか深い奥の方に空いていて

ふとした時に、

死にたくなる。


いっそのこと

みんないなくなってしまえばいい。

自分一人だけで生きていきたい。

こんな世界なんてなくなればいい。


その穴を見つけてしまうと

いつもそんな風に思ってしまう。


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