浮ついた心

『タクミ君

 バイトがんばってるんだね。

 私は家庭教師のバイトしてるんだけど

 最近の小学生マセててちょっと大変』


そんな他愛もない話のメールが

3日、一週間と続いた、ある昼休みだった。


『今、実験棟の横でご飯食べてるよ。

 今日は学食が混んでたから

 みんなで外で食べようってなったんだけど

 日焼け止め塗ってないからちょっとヤダ↓』


実験棟の横は広場になっていて、

日当たりのいい場所にはベンチが置いてあり大学生がよくたむろしていた。


非常階段に出ればその広場が見える。

タクミはコンビニのおにぎりを片手に

非常階段に出た。


広場をはさんでちょうど向かい側にベンチが置いてある。

ベンチは3つあって

どのベンチにも2,3人の私服を着た大学生らしき人が座っていた。


タクミは非常階段の手すりに寄りかかり

おにぎりを食べながら辺りを見回している。


と。

誰かがタクミの肩をたたいた。


「はーい、不審者発見。

 うん、やっぱりタクミだった。

 たぶんハルカさんの事見たかったんじゃない?」


タクミが振り返ると、コウヘイがケータイで誰かと話しながらそこに立っていた。

タクミと並んで手すりに寄りかかり

話しながら誰かに手を振っている。


遠いから顔は良く見えないが。

向かいにあるベンチでは一瞬、笑い声が上がり

左端のベンチに座っていた女の子が立ち上がって手を振りかえした。


「ほら、タクミ。

 今手振った人の隣がハルカさん。

 あ、今手振ってくれたじゃん?見た?」


「見た見た!

 手振っといたほうがいいかな?」


そう言ってタクミは

おにぎりを食べ終わって開いた手を振りかえした。


『ってか不自然すぎだよー。

 みんな笑ってたよ。

 おにぎり食べてる人いるって。』


非常階段から戻ると

ハルカからそんなメールが来ていて

一緒にご飯を食べていたコウヘイたちに冷やかされる。


「ハルカさん可愛いだろ?

 早く会って付き合っちゃえよな」


「遠くて顔は見えなかったよ。

会いたいんだけどさ、どっちもバイトで予定が合わないんだよ」


ヒューヒューと奇声が上がり、周りが盛り上がる。

タクミたちのグループ以外のクラスメイトは

もう昼ご飯を食べ終わり、

個人で自習を始めている。

何人かがうるさいと言いたそうな目でタクミたちを見ていた。


そんな周りの目など気にせずに

タクミたちはバカな話で盛り上がっている。


浮気をされて

女なんてもうどうでもいいと思っていたタクミだったが

今はハルカの事が気になって気になってしょうがないようだった。




数日後。

その日はタクミのバイト先の接客コンテストの日だった。

土曜日の午前中から

市民会館を貸し切って行われる。

普段はそこで

コンサートや講演会が行われる会場には

タクミがバイトをするスーパーの社長をはじめ

全国の店長や幹部が続々と集まった。

朝に弱いタクミのために、絶対に遅刻をしないようにと

レジのリーダーがモーニングコールをする事になり

タクミはおばちゃんの甲高い声で目を覚ました。


渋々ベッドから起き上がって身支度を始めると

リビングに置いたケータイがまた鳴っている。


今度の着信音は

ハルカからの着信の時になるものだったが、

時間に余裕がなくそれを無視して風呂場に向かった。


タクミとハルカは最近、

バイト終わりにはメールではなくて

電話で話をすることが多くなった。

お疲れ様

から始まって

おやすみで終わる数分の会話だったが、

タクミの堅苦しい敬語はなくなり

毎日ハルカとの電話を楽しみにしているようだ。


シャワーを浴びたタクミは、ワイシャツとバイト先から支給された

黒のスラックスを身に着けてマンションを出る。


自転車の鍵を外して

ポケットからケータイを取り出した。

歩道に出て

自転車を引いて歩きながら

タクミはハルカに電話をかける。


「おはよう。

 ごめんね、さっきお風呂入ってたから出れなかった」


『そうなんだ。

 ちゃんと起きてよかった。

 やっぱりモーニングコールされたの?』


「されたよー。

 リーダーの声、超うるさいの。

 あんな歳のくせにかわいこぶってるってゆーかさ、とりあえず、不快な声だった」


『そんな不快とか失礼だし。

 ねぇ、何時くらいに終わるの?』


「たぶんお昼過ぎには終わると思うけど。

 ハルカは今日もバイトだっけ?」


『そうなんだよね。

 でも早く終わったら会わない?

 夕方の子が風邪ひいててキャンセルになりそうなんだ』


「えっ?ついに会うの?」


『嫌なら永遠に会いませんけど。

 タクミはしばらくバイト休みなんでしょ?』


「そんな嫌とか言ってないし!

 しばらく休みってか3日だけだけどね。

 コンテスト終わったら休んでいいって言われたからさー。

 じゃあ、今日絶対遊ぼう」


『夕方の子がキャンセルになれば

 あたしもお昼過ぎにはヒマになるから。

 楽しみだね』


「俺、バイトの服だから家帰って服着替えたいから!

 ちょっと遅くなるかもしれないけど予定開けててよ?」


『わかったよ。じゃあがんばってね』


「うん、ハルカも家庭教師いってらっしゃい。じゃあねー」



タクミのテンションは最大限にあがっていた。

ついに今日、ハルカに会える。

タクミはコウヘイとシンヤに


「今日、ついに遊びます」


とメールを送り、コンテスト会場に向かって自転車をこぎ始めた。


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