出来損ないの家族



「タクミー

 母さんが洗濯しといてだって」


「もう仕事行ったのかよ。最近何も家の事しないのな」


「なんかの打ち合わせがあるからってさ。

 オレももうすぐ行くからね」


ツカサは母親のホストクラブでのバイトに行くようだ。


ツカサもタクミと同じくらい頭は良かったが

特進コースに入るのが嫌で

わざとテストで悪い点を取って普通のクラスになった。

悪知恵が働くというか、要領がいいというか。


ツカサを見ていると毎日が楽しそうで

辛いことも悩みもなく生活しているように感じた。


キッチンのシンクには、卵焼きでも作ったのか

卵がこびりついたフライパンが。

それをよそって食べたような皿と茶碗も重ねておいてある。

タクミはいつものように、

それらを水に浸けてキッチンを出た。

そのまま脱衣所に行くと

母親の好きなピンク色の洗濯カゴには山積みの洗濯物が。

洗濯機の中にもタオルやシーツが詰め込まれている。


「今日は何回まわせばいいんだよ」


タクミは独り言を言うと洗剤の入った箱を開ける。


「あー!洗剤切らしてたんだった」


「洗剤ねー 

 オレ昨日買ってきて玄関に置いたー」


歯を磨きに脱衣所に来たツカサが言った。


「ならよかった」


タクミは玄関に放置されたいろいろな物の中から

薬局の袋を見つけた。

玄関を入ってすぐ右側が靴箱で

その上は郵便物や生活用品が無造作に置かれるスペースになっている。


母親の、すぐものをなくすという癖は

息子の二人も見事に受け継いでおり、

とりあえず大切なものはここに置くこと。

ここに置かれたものは絶対に捨てないことがルールとなっていた。


ツカサも家を出て

タクミは一人でリビングのソファーに寝そべる。

制服からいつものジャージに着替えて

コンタクトも外してメガネをかけた。

その手には、昼間の付箋紙とケータイ。

もうメールの事しか考えられないタクミは

さっそく

宛先欄にアドレスを打ち込む。



はじめまして。

コウヘイからアドレスを教えてもらった

石川タクミです。

よろしくお願いします。



タクミは順調にメールの文章を作っていく。

が。

最後の送信ボタンを押さないまま

どのくらいたっただろうか。


「あーダメだ」


タクミはメールを保存すると

そのまま誰かに電話をし始めた。


「おー、今何してんの?」


『これからバイトの面接だよ。 

 最近お前らバイトばっかで遊べないから

 俺も金を稼ぐことにした』


「なんでオレがフリーの日に面接なんか入れんだよ」


『だっていつでもいいですって言っちゃったし。

 なんか用あるの?

 今日は面接終わったら彼女と遊ぶから』


「おまえ、いつの間に!

 背が小さい子見つかったのか」


『まぁ、そのうち話すから。じゃあね』


「あー待って。

 オレのクラスのコウヘイ知ってるよね?」


『あぁ。どうした?』


「そのコウヘイの彼女の友達のハルカって子を調べてほしい」


『遠いなー。お前の友達の、彼女の、友達ね……

 その子どうした?告られたか?』


「いやー

 告られてはないけど、アドレスはもらった。

 でも、どんな人か見たことないんだよ。

 メールしてって言われたけど迷ってるんだ」


『まぁ…とりあえずメールしてみたらいいじゃない。

 誰かに聞いてみるから』


「でもさぁ……」


『せっかくの出会いだ。楽しめ!

 じゃーね』



電話の相手は幼馴染のシンヤだった。

タクミたちとシンヤは小さいころからずっと一緒で、家族ぐるみの付き合いだ。


タクミたちには父親がいない。

シンヤには母親がいない。

タクミの母親は母親らしいことは何一つしていなかったが、

シンヤの父親はタクミたちとも

本当の親子のように接してくれていた。


シンヤとは高校も一緒だったが

3年になって全員違うクラスになり

前よりも遊ぶ頻度は減ってしまっていた。


シンヤはとても顔が広い。

学生会に入っているせいなのかいろいろな友達もいるし

大学生の知り合いも多く、情報屋として裏でよく動いていた。


「とりあえず、って……」


タクミは先ほど保存したメールを開き『送信』を押した。

『送信完了』

画面に出たポップアップを閉じて

タクミはケータイを閉じた。



どれくらいたったのか。

タクミはそのまま寝てしまったようで、

目が覚めると部屋の中は暗くなっていた。


「……洗濯」


洗濯機を回していたことを思い出したタクミは

部屋の明かりをつけて脱衣所に向かう。

時計を見るともう9時を過ぎていた。


2回目の洗濯物を回してリビングに戻ってくる。

放置された1回目の洗濯物はしわしわになっていたが

構わずにベランダに干してカーテンを閉めた。


タクミはケータイを見た。

着信があると光るライトは光っていない。

ケータイを開いて新着メールの問い合わせをしてみるが

何も来ていなかった。


メールは届いたのか

嫌われたのか

絵文字を入れたほうが良かったのか

タクミは自分の送ったメールを開いてため息をついた。


結局。

その日、メールの返信はなかった。

タクミはカップラーメンを食べて

残りの洗濯物を片付けながらテレビを見て眠りについた。



メールの返事が来たのは次の日の授業中だった。

タクミは昨夜十分すぎるほど寝たにもかかわらず、

一番前の席で頬杖をついて目を閉じている。


ポケットに入れたケータイのバイブレーションで目が覚めたタクミは、

先生が黒板に文字を書いているすきに

堂々とケータイを取り出し、メールをチェックした。


『はじめまして。

 メールのお返事が遅れてしまってごめんなさい。

 佐々木ハルカです。

 これからよろしくね。』


タクミは

先生がこちらに向き直る少し前の、

絶妙のタイミングでケータイを机の中にしまった。


意外にもハルカからのメールは

絵文字も顔文字もないシンプルなものだった。


タクミはその授業中、器用に先生の目を盗んではメールを作り

ハルカに返信する。


『返事が来てよかったです。

 オレ、双子なんだけど、

 いつも兄貴の方がモテるから

 今回も間違えられたか、

 メールで嫌われたかと思ったww

 オレも最近バイトが忙しいので

 夜はなかなかメールできないけど

 気長に待っててください』


今回は躊躇することなく送信ボタンを押して、

ポケットにケータイをしまったタクミは

珍しくシャープペンを持ってノートを取り始めた。

その姿を先生は2度見したが、

何事もなく授業が進んでいった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る