乗らなければよかった誘い

顔を上げると、

あまり話したことのない同じクラスの女子

マイが立っていた。



「今日はもう来ないかと思った」


「先生なんか言ってた?

 生物さぁ、先週もいなかったよね、オレ」


「大丈夫だったよ」


ならよかった。


そうそっけなく言葉を返すと、

タクミはバックから鍵を取り出して

ロッカーを開け、教科書を出し始める。


「あのさ、

 タクミ君とメールしたいって人がいるんだけど」


「……え?」


タクミは手を止めてマイの方を見上げる。


「今って、彼女とかいる?」


マイはタクミと同じようにしゃがみこみ、

ブレザーのポケットからケータイを取り出して

ボタンを操作し始めた。


「彼女はいないけど…」


「いないならメールしてくれない?

 うちの部活の先輩だった人なんだけど、

 タクミ君の事かっこいいって言ってるんだ」


「あ、オレでいいの?ツカサじゃなくて?」


「髪が黒い方って言ってたからタクミ君だよ」


マイはそう言うと、

メルアドおしえて。赤外線できる?

と、ケータイをこちらに向ける。


タクミは立ち上がり、

スラックスのポケットからケータイを取り出した。


その日の午後は、

眠くなる古文と英語の授業だった。


いつもなら、

一番前の席だということも忘れて爆睡するタクミだったが

今日はしっかり前を向いて授業を受けている。

頭の中は

昼休みにマイとアドレスを交換した事でいっぱいだったが。


板書された文法を上の空でノートに書き写しながら、

マイの言葉がぐるぐる回る。



タクミくんの事かっこいいって言ってるんだ



タクミとツカサは体型も顔も瓜二つ。

今は間違えられるのが嫌で、

タクミは真っ黒な黒髪に

ツカサはブリーチをして金色に髪を染めていた。

背も高く、運動も勉強もできる。

性格も明るく

男女ともにかっこいいとは言っていたが、

ツカサの方が異性にはモテるのだ。


ツカサのつるんでいるグループが

学校で有名なイケメン集団というのもあるが

女の扱いがうまいし、

タクミにはない 華 がツカサにはある。


それでも

タクミに彼女がいた事もあったし、

普通の男よりはモテる方だったが浮気をされては別れ

浮気をされては別れを繰り返し、

しばらく女はいらないと思っていた矢先の出来事。



タクミは不安と期待で他の事が考えられなくなっていた。

今の生活に不満はない。

むしろ楽しい。

でも、ときどき無性に悲しくて寂しくなる。



そうしてあっという間に3日たった。

タクミのケータイには、

知らないアドレスからのメールはまだ届いていない。

マイにアドレスを教えたのは金曜日で

土日はバイトをして過ごし、

月曜日は午後の授業が休校になってなくなったから午後はダラダラ過ごして

夕方からまたバイト。

今日は火曜日だ。

朝から2時間続きの科学実験で

時間がたつにつれて

タクミのドキドキは薄れていった。



「タクミ!

お前とメールしたいって人、誰かわかったぜ」


昼休みにそう言ってきたのはコウヘイだ。


タクミのクラスは『特進コース』といって

2年の終了時に成績が良かった30人が強制的に同じクラスになる。

だからクラス中、いかにも勉強してますという見た目と雰囲気の人間でいっぱいだった。


ただ、不幸中の幸いとはこのことか

タクミの学年の特進コースには勉強だけではなく

他の遊びやオシャレに興味がある人が何人かいた。

そのお陰でつまらない学校生活を送らずにすんでいる。

コウヘイはそのグループの中でも一番仲のいい友達だった。


「本当にオレなの?

 やっぱりツカサだったんじゃない?」


「いや、お前だった。

 てか、オレの彼女の友達だった」


「えぇ!レイコさんの?」


コウヘイには歳が一つ上の彼女がいた。

同じ敷地内にある大学の先輩で

ギャル雑誌の読者モデルをしているらしい。


「てかレイコさんに聞いたの?」


「いや、あっちから言ってきた。

 なんかメルアドはもらったらしいんだけど、

 なかなかメールしないからお前からメールしてやれって」


「はぁ?」


「だからその人のアドレスもらってきたからさ、

 さっさとメールしてやれ」


そうしてコウヘイは

ブレザーのポケットから黄色い付箋紙を出した。

そこには青いペンでメールアドレスと電話番号が書かれている。


「その人直筆のメモだからな。記念に大切にとっておけよ」


「記念にって……名前はなんていう人なの?」


「ハルカさんだってさ」


タクミは付箋紙の粘着面を人差し指に貼り付け

反対の手でお昼ご飯のパンを食べている。

コウヘイも持ってきたビニール袋から

おにぎりやジュースを取り出して昼ご飯を食べ始めた。

一緒にご飯を食べていた仲のいいメンバーに冷やかされながら

お昼休みはあっという間に過ぎて行った。

毎週火曜日は

一週間で唯一授業が早く終わる日で、

バイトも休みの日だった。


他の曜日はいつも5時過ぎまで授業があるため

友達と遊ぶのも面倒になる。


だから火曜日の午後はいつも

仲のいいコウヘイと遊ぶか

ツカサたちのグループと遊ぶか、思いっきり寝るか。


落ち着きを取り戻していたタクミだったが、

昼休みに渡された

あの付箋紙のせいで

タクミの頭はまた何も考えられなくなっていた。


2時過ぎに授業が終わり

部活をしていないタクミはそのまま帰宅する。


母親とツカサの3人で住んでいるマンションに着くと

リビングにはスーツを着たツカサがご飯を食べていた。


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