非日常の物語。−1
サトウアイ
忍び寄る影
タクミは今日も遅刻をした。
最近、バイトで朝が辛いらしい。
校門にはいつもの警備員がいて、
自転車から降りたタクミを見て柵を開けに行く。
まだ5月だというのに今日は暑い。
警備員はタクミが通れるスペースだけ柵を開けると、
帽子を脱ぎ、うちわ代わりにしてパタパタとあおいでいた。
「常習犯だな。石川タクミくん。
ネクタイ忘れたか?」
すれ違う時にそう話しかけられるが
タクミは会釈をしただけ。
寝起きのせいで機嫌が悪いのか、
いつもの陽気な笑顔がない。
目覚ましは7時にセットして、
ケータイのアラームも5分おきになるようにしておいたが
目が覚めると10時半だった。
双子の兄の姿は当然なくて
あわててリビングに出ると、
ソファーでは母親がテレビをつけっぱなしにして寝ていた。
タクミは頭をかきながら
テーブルの上にあった母親のタバコに火をつけて
反対側のソファーに腰を下ろした。
テレビのチャンネルを変えるが、
ワイドショーかドラマの再放送しかやっていないようだ。
結局さっきまでついていたチャンネルに戻して
リモコンを置くと
テレビの音で目が覚めたのか
母親が大きく伸びをした。
「タクミ~、タバコはやめなさいって言ったでしょ。
ツカサは起きたの?」
「もうとっくに学校に行ってるよ」
母親はテレビ画面の左上に出ている時間を見て
もう11時になるじゃん!と、
一人で大きな声を上げている。
ほら、タクミ!また遅刻だよ!と、
さらにしゃべり続けて
ソファーから動かないタクミからタバコを取り上げ、
頭はいいのに何で朝起きられないのよと
ため息をついていた。
さんざん小言を言われた後、
タクミは適当に寝癖を直して
アイロンのかかっていない
くしゃくしゃのワイシャツを着て。
昨日脱ぎっぱなしにしたブレザーに腕を通す。
そばに丸めて脱ぎ捨てられたスラックスをはいて
いつものバックを持ってリビングへ。
洗濯物が干してある窓際の物干しから
靴下を探して身に着けると、
チン!
と、電子レンジの鳴る音がした。
「タクミもなんか食べる?」
のんきに話しかける母親に
いらないよと言って、
タクミは家を出た。
タクミのバイトは24時間営業スーパーのレジ係。
力を使うとか
大変なことは特になかったが、
もうすぐレジの接客コンテストがあるようで
なぜかタクミが出る羽目になった。
そのために
バイト終わりに練習をする事になり、
それを見ているリーダーにダメ出しをされる日々。
高校生のタクミは
夜遅くまで店に出ることはできないが、
バックルームでその練習は続けられて
気づくと日をまたいでいた。
そうすると、
0時上がりの大学生たちが合流して
練習なのか遊びなのかわからない
とても楽しい時間が始まって、帰りがさらに遅くなるのだ。
タクミにとってこの夜の時間は
色々な話が聞けて
大人になったような気分になってとても楽しかった。
タバコも覚えたしお酒も飲んだし、
いつも比べられる
兄のツカサもいないから少しだけ気が楽なようだ。
ツカサは最近
母親の経営するホストクラブを手伝い始めたため、
それなりにいいお小遣いというか給料をもらっている。
だからタクミも頑張ろうと
バイトのシフトを増やしたのがいけなかったのか。
店にはとてもやる気があるとみられてしまって
いろいろ面倒な事になっている。
タクミは今日も学校が終わったらスーパーに直行だ。
普通の高校3年生の今頃は、
部活の最後の大会に向けて闘志を燃やしているか、
受験勉強を頑張っているかだろう。
でも、タクミは
部活は2年で辞めているし
受験勉強もいまいちやる気が出ない。
そもそも勉強をしなくても
平均点以上の点が取れてしまうような頭の持ち主で、
まじめに勉強をすればいい大学に行けるぞと
いつも先生に言われているくらいだ。
勉強をして良い点を取るのは、面白いゲームをしているようで
タクミも嫌いではなかったが、それがいったい何になるのか。
いい大学に行くより
今は友達と遊びたい。
お金がほしい。
タクミはそう思っているようで
先生の話などろくに聞いてはいなかった。
自転車置き場に着いた時、
ちょうどお昼の時間になったようで遠くからチャイムの音が聞こえた。
タクミはほとんど何も入っていない
学校指定のバックの中から
ネクタイを取り出して教室に向かう。
この高校は私立のマンモス校。
同じ敷地内に大学もあり、
学食や校庭は共有スペースとなっている。
改築工事中の校内には
ヘルメットをかぶった作業員がちらほら。
彼らもまたお昼休みのようで、
足場が組まれた新しくできる校舎の裏でお昼を食べ始めている。
タクミの教室は一番古い校舎の2階だ。
自転車置き場から
校庭の横を通って体育館の裏を通り、
系列大学の実験棟の隣にある建物が仮の教室として使われていた。
教室は一番端にあるため、
入口から入るより近い非常階段を上って校舎に入る。
非常階段の周りには、制服を着た学生や
お昼ご飯の買い出しに行く私服の大学生がうようよしていた。
タクミは女子大生の集団を横目に
非常階段を上って校内に入った。
廊下は外より少し涼しくて、
壁際には個人のロッカーが並んでいる。
教科書を取るため、タクミは自分のロッカーの前にしゃがみ込み
バックの中から鍵を探していた。
「タクミ君おはよう」
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