34.兄さんはつらいよ

 下宿に帰り、オリエルについてミューリナに説明しつつ、リリシェラを交えて話し合った。そもそも彼女とはクラスが同じだけに避け続けることも出来ない。

 どうしたら良いか、対策を練る必要があったのだが。


「とにかく、真偽が明らかになるまで極力接触を避けるように!」


 この何のひねりも無いリリシェラの一言が、最終結論になってしまった。

 ミューリナに至っては俺の心配というよりは、嫉妬と怨念が入り混じったカオス状態であまり役に立たなかった、という背景もある。


 オリエルが俺を騙しているとは思えないが、彼女が誤った情報で動いているのではないかという可能性も捨てきれない。実家に戻って親父に確認するまでは様子見ということにしたい。……というのは願望。


 彼女の事は置くとして。

 とにもかくにも、ここのところリリシェラにかなり翻弄されている気がする。頬にするキスも日本とは違って、この辺りでは親愛の情を示す挨拶のようなもの。

 とはいえ、日本での観念を捨てきれない俺にしてみれば、どこまでが悪戯でどこからが本気なのかを測りかねる。兄妹であったときでも中高生になれば、こういうやりとりをしたことが無いので、どうにも良く分からないのだ。

 今も一緒に悩んでくれているようでいて、その真意は分からない。


 翌日。

 三人で並んで登校していたのだが。

 背後から走ってくる足音に気付いて振り返ろうとした瞬間だった。


「兄さんっ!」

「がふっ!」


 突然の襲撃。

 後ろから勢い良く飛び付かれ、俺はバランスを崩した。危うく転倒しそうになるところを何とか踏みとどまったのだが、背中には人の重さを残したまま。オリエルは背後から抱きついたままで離れようとしない。

 彼女の起こした風に乗ってふわりと女の子の香りが鼻をくすぐる。そして背中には微妙に柔らかい感触が……。


 危うく鼻の下を伸ばしそうになったが、リリシェラの冷たい視線に気付いて我に返る。

 言い訳をするようだが、オリエルとはまだ会ったばかりで妹だとかいう認識はなく、俺にしてみればただの女の子でしかない。


「メス猫! いつまで兄様にくっついているんですか!」

「私はメス猫じゃない!」


 ミューリナは怒りの形相で必死にオリエルを引き剥がそうとするが、オリエルも抵抗して更に強くしがみつく。

 それに伴って密着する背中の感触が……。

 前世は彼女なしの俺、こうしたものに耐性がないので理性のタガが緩みそうになる。リリシェラは中身が理紗だからと思うからか、家族のスキンシップのようなものだと思って割り切る事はできたが……。今ではそれさえも危うい。


「死にたいのですか? 離れなさい、メス猫! 今すぐ殺してあげましょうか?」

「いやだ、もっと兄さんのニオイを嗅ぐの!」

「何をふざけた事を言っているですか!」


 あ、この子、ちょいフェチ入ってる……。

 って、いやいや……、冷静になれ俺! そこじゃないだろ! 家族と認識してない女の子に抱き付かれるなどというのは、とにかく危険極まりない。思考までがぶっ飛んでしまう。


(ダメだ! 昨日と同じパターンになってしまう!)


 周囲を通りすぎる人の「あらあらまあまあ」的な視線と、通学途中の男子生徒の嫉妬の炎が俺を追い詰める。


「よいしょお!」


 俺は慌てて、オリエルの手を掴むと無理やり引き剥がした。

 突然の俺の行動に呆気にとられて固まるオリエル。

 俺はそのまま三人を置いて慌てて学園へ向けて逃亡した。学園内ならば、彼女も人目を気にしてそれほど過激な行動をとることは無いだろう……と期待している。

 彼女には極力近づかないとか決めていたのに、早々に計画が崩壊しては意味が無いからな。ただ、結果的にリリシェラやミューリナを置いてきてしまったのは、まずかったかな……。あとで怒られるかもしれない、なんて思っていたら。


「ユーキア!!」


 教室の扉を開け、俺の名を叫んだのはリリシェラ。思い切り肩で息をしており、俺を追って走ってきたのだろうというのは、想像に難くない。

 はい、予想通りこのあと授業が始まるまで、みっちりと怒られました。


 だが、クラスの男子生徒たちには二人が仲良くしているように見えたのか、説教が終わった後の視線が痛かった。


「くそー、あんな可愛い娘と仲良くしやがって、爆発しろ!」

「あの野郎、馬車にでも轢かれてしまえ!」

「俺と変われ! 彼女になら踏まれてもいい、いやむしろ望むところ!」


 そんな声が聞こえてきたのだが。

 最後のはともかく、俺何か悪い事したか?

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