33.女難の相

 まさに一触即発。

 腕にくっつくオリエルと、それを睨みつけるミューリナとリリシェラ。


「とにかく、貴女はその手を離しなさい」

 同じ学校に通う事になるだけに、リリシェラがなるべく穏便に済ませようと説得を試みるが……。


「妹だからいいんですー。ただの幼馴染ちゃんは引っ込んでてください」

「なぬ! 喧嘩を売るつもりなら買ってあげるけど?」

 オリエルの態度にリリシェラも態度を硬化させた。


「妹ならいいんですね。邪魔です、メス猫」

「あっ!」

 いつの間にかオリエルと俺の間に割って入るようにして、ミューリナがその場所を奪い取る。そのまましっかりと俺の腕を掴むと、胸を押し付けるようにくっつく。残念ながらペタンコで、元高校生としてはそんなお子さまボディに反応するわけにはいかないのだ。


「ほら、急がないと初日から遅れちゃうよ!」

 ミューリナのおかげで落ち着きを取り戻したように、リリシェラが反対の腕を掴んで引っ張る。この二人の対抗意識みたいなものは以前からなので、当前のように互いの領域のようなものが分かっているように見える。

 おかげで共通の敵(?)を前に協力が出来ているようだ。


「走りますよ、兄様!」

 二人に引っ張られ、俺も合わせるように走り出す。

「あ! ちょ……ちょっと待って、兄さん!」

 ミューリナに出し抜かれて唖然としていたオリエルも、慌ててあとを追いかけてきた。


 そんなこんなで始業時間には間に合ったが、教室に着いてからも気分は重い。

 兄妹云々という話の続きは学園内ではしていないので周囲には知られていないが、初日の朝から面倒事が振ってくるとは学園生活も先が思いやられる。

 同じクラスだから仕方が無いが、厄介事を持ってきたオリエルと同じ教室にいるというのは精神的に落ち着かない。それどころか彼女の話が本当なら、今後の生活すら一変しそうで正直言って心中穏やかではない。

 兎にも角にも不明瞭な未来を不安がってばかりもいられない。今は気持ちを切り替えて勉強しようと、視線を上げた。

 教室内を見回せば、さすがに初日だけあって皆が大人しくしている……かと思いきや、授業中にも関わらずオリエルの視線がチラチラとこちらに向くのが良く分かる。


(勘弁してくれ……。前を向け、前を!)

 頭を押さえつつ、指で前を向くように合図を送る。

 その合図を何か勘違いをしたのか、彼女は笑顔を向けながら指で輪を作って白い歯を見せると、前の生徒の背中をつついた。


(違ぁーう!)

 オリエルを睨んでいると彼女はそれに気付いたのか、俺に向かって投げキッスをして見せた。

 いやもう何を考えているんだ、あの娘は……。とりあえず、彼女を気にするのはやめよう、そう決めると俺は深く深くため息をついた。


 そんな俺に向けられたリリシェラの視線。彼女と関わるなと言わんばかりの、非難するような冷めた目が突き刺さって痛い。そういう視線が好物の男もいるだろうが、俺にはそういう趣味は無い。

(俺のせいじゃないだろ……)

 苦笑いをしながら再びため息をつくと、リリシェラはプイッと顔を背けた。


 ……うん、間違いなく怒ってるな。

 後でフォローしないと駄目だな。


 エミララが俺を見てクスクスと笑うのが見えた。

 そんな彼女の問題も解決していないという事を思い出した。彼女も俺たちと同じ元日本人らしいが、その素性は明らかではない。子供っぽく見せているが、時折大人びた雰囲気を感じさせる事もあるだけに、それなりの年齢だったのだろうという事は想像できるが……。

 ミューリナの事もあるだけに、前世が俺の関係者だったりする可能性も捨てきれない。だが、今の俺にはそれを詮索している余裕がない。まずは、身近な相手と目の前の問題をどうにかしないと……。


 そこまで考えて思う。

 何だろう、俺には女難の相でも出ているんだろうか。


 この日の授業が終わると、オリエルに見つからないように急いで教室を飛び出し、門の外へと出た。

 俺の行動をリリシェラも気付いていた様子だが、まだ怒っているだろうから一緒に帰るつもりも無いかもしれない。


「さて、どうしたものか……」

 俺は門柱に寄り掛かり、ため息をついた。

「……何を?」


 声に驚いて振り向くと、そこには俺を追いかけて走って来たのかリリシェラが肩で息をしながら立っていた。


「まずは、怒っていそうな奴をどうするか、だな」

「私の事?」


 リリシェラは自らを指さした後、何故か周囲をキョロキョロと見回した。

「他に誰がいるんだ?」と、俺が言った直後だった。

 突然、リリシェラは顔を近づけて俺の頬に軽くキスをした。


「な……!」

「……これで許してあげる。彼女の事はユーキアがどうこう出来る問題じゃないでしょ。仕方がないから、一緒に考えてあげる」

 そう言ってリリシェラは誰もが見惚れるような微笑みを浮かべた。先程周囲を見回したのは、キスをするために誰も居ないことを確認していたのだろう。


 俺は呆然としながら、自分の頬に手をやる。

 兄と妹ではない関係……のはず。


 戸惑いながらも、俺はリリシェラの笑顔から目を離せずにいた。

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