32.火に油を振りかけないでください

 いやいやいや、まてまて!

 今の話をまとめると、親父が外で子供作ってたってことだよな?

 あの親父が?


 冗談で半妹なんて考えた事があったが、まさか実際にそんな話が出て来るとは思わなかったぞ。っつーか、これ家に帰って話したら一大事だろうな……。

 俺はため息が出そうになるのをぐっと飲み込んだ。

 にしても、妹扱いする相手がひとり減ったかと思いきや、また増えちまったよ。しかもほぼ初対面の相手だし、こんなのどう扱えばいいんだよ……。


「兄さん、一緒に登校しようか!」

 オリエルは抱き付いていた手を解くと、今度は俺の左腕を取って組む。

「いや、いきなり現れて『兄さん』とか言われても良く分からないんだが、歩きながらでいいから説明してくれるか?」


 言ってる傍から、リリシェラの視線が猛烈に痛い。いや、むしろその視線はオリエルに向かっているのか。


「私はずっと母と二人で生活していて、父親はエルガラに住むマルドー・オルミティって人だって教えられてきたんだ」

「確かに、名前だけ聞くとうちの親っぽいな……」

 とはいえ、こんな事で嘘をついても仕方がないだろうな。嘘をつくなら我が家みたいな平凡な家庭をあえて選ばずに、もっと金持ちの家とか、権力者のところに行くだろうし……。

 親父の無実を証明しようにも、俺が生まれたてか生まれる前の事なので、どうにもならない。


「お父さんに会いに行こうにも一人じゃ行けないし、ってずっと思ってたんだ」

「ほったらかしにされて、父親を恨んでたりしないのか?」

「ちょっとはね。でも、仕送りはしてもらってたみたいだし、生活苦って訳でも無かったからね。まあ、結果的にこんな兄さんがいるなら、それはそれでアリだし!」

 満面の笑顔で俺の腕に抱き付くオリエル。

 キラリンと、リリシェラの目が鋭く光った……気がした。


「ユーキア……、本当だとしたらミューリナちゃんにどう説明するの……?」

 声のトーンを落としてはいるが、怒りが伝わってくる。

 うん、本物の半妹だとしても、俺が悪い訳じゃないぞ。と思うが、怖い顔をしてらっしゃるので何も言えない。妹ポジションに知らない誰かが居るのが気に入らないと言わんばかりだ。


「えっと……誰、この人?」


 空気を読まずに、火に油を注ぐような台詞キター!

 直後にメラメラと燃える炎のようなオーラというか、ミューリナの暗黒モードとはまた違う恐ろしい圧をリリシェラが発した。


「私はリリシェラ! ユーキアの幼馴染で、家族と言ってもいい間柄。婚約者みたいなものね!」

 鼻息荒く、どうだと言わんばかりに胸を張るリリシェラ。妹と言えない分、悔し紛れに「婚約者」というワードを出したようにも感じる。


「なんだ、ただの幼馴染か。妹ちゃんには見栄を張らなくていいんですよ!」

「なにをぅ!」

 すっかり妹気分になっているオリエル。怒りを煽っているという事に気付かないのだろうか。

 なんだろう、この俺を挟む険悪な雰囲気は……。朝から面倒な事になったなぁなどと思っていると、リリシェラの怒りの視線が俺に向いた。

 フォローしろって事ですかね? はい、そうですね。お怒りごもっともです。

 そこは長年の経験だ。目と顔を見ただけで分かる。


「……いや、俺にとっては大事な人だ」

 そう言い切ると、驚いたようにオリエルの口が開く。


 リリシェラは当然、勝ち誇った顔を……ではなく、意外そうな顔をして驚いている。いやいや、そこは今までと変わらないだろ。

 ……ん、昨日からは微妙に意味合いが変わって来るのか。

 うん、だが嘘は言ってないから大丈夫だぞ、とリリシェラに笑顔を向ける。と、その時だった。


「兄様、リリシェラ姉様、道の真ん中で何やってるんですか。皆様の邪魔ですよ」

 背後からもう一人の妹の声がした。

 彼女は下宿でやることがあるとかで、出るのが少し遅れるという事だったはずだが。

「あれ、結構時間経った?」

 遅刻しかねないとばかりに、リリシェラが慌てたように尋ねる。


「いえ、早く終わったので……。すぐそこまでですが、せっかくだから一緒に行きましょう……って、兄様にくっついているそのメス猫は何ですか?」

 ここにも場の空気を読まない奴がひとり。


「誰だか知らないけど、いきなり出てきて人の事をメス猫呼ばわりって、どういうつもりっ? 私はこの人……ユーキアの妹ですがっ!」

 先程までの余裕の表情から一転、怒りを顔に出してミューリナに食って掛かる。

 でも、オリエルは俺の腕は離さない。いやだなぁ……。離して欲しいなぁ、この後の展開が分かるだけに……。


「あ”あ”ん?」

 ミューリナの眉間にしわが寄るのが見えた。

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