31.厄介事は舞い込むもので
リリシェラとミューリナと三人で仲良く? 下宿先まで帰ってきたのだが。
大事なことを言いそびれた俺とは対照的に、リリシェラは何故かご機嫌だった。
彼女としては言いたいことは言った、という事なのだろうか。もしかして、あの問いは「いつまでも兄貴面して重いんだよ!」って意味だったのかと思ったが……。いやいや、あの話の流れを考えるとそれは違うよなと慌てて否定する。
今はミューリナもいる事だし、話の続きができるような状況ではない。下宿自体が一軒家なので話を聞かれる可能性が高く、秘密の会話などというのは彼女が起きている間は無理だろう。
ともあれ、リリシェラと話した通りに今までと立ち位置を変えて、血の繋がっていない幼馴染として考えたとき、ひとつ屋根の下という状況は色々とヤバいんではないだろうか。
理紗の姿で「もう妹じゃありません」と言われても絶対に納得できないが、別々の家で育ったリリシェラだと思考の壁はそこまで高くない。俺も頭の中をスパッとは切り替えられないが、それでも今まで以上に意識するのは間違いないだろうし。
「妹は正義だ!」とか言う男じゃないので、今までは色々と分別をつけていたけど、この先どうなるかは若干不安ではある。何せ同じ屋根の下、風呂とか、着替えとかあるわけだしな。
……って、いきなりそんな事考えるあたり、俺もやっぱり男だな。と……深く反省した。
では女の子という基準でミューリナだったらどうなのか。比較に、もやや~んと想像してみる。
……うん、今まで同じ家で過ごしてきた「妹」という分別があるので大丈夫だな。とはいえ、血がつながっている訳ではないので、考え方によってはこれも危険なんだよな……。向こうの勢いも含めて、という意味だが。
今までただの妹以上の存在だったリリシェラ。妹という垣根を取り払ってみても、やはり俺の精神的支えであり、大事な存在であることに変わりはない。
素直に言えば間違いなく「好き」なのだが、リリシェラに対しても妹として愛情を注いできただけに、今の感情が妹という存在に対する気持ちの一部でないとは言いきれない。何というか……由基弥として生きていた時から恋愛に縁が無かったので、文字通り愛だの恋だのというものが良く分からないのだ。
そもそも理紗に対しても、リリシェラに対しても好感情は持っていても嫌悪感を抱いた事は一度も無い訳で……。
結果的にリリシェラを「好き」という答えは変わらないかもしれないけれど、もう少しの間だけ気持ちの整理と、自分自身への確認がしたい。でもしっかりと心を決めたときは自分の口から。と自分自身に言い訳をしながら、俺は布団をかぶった。
翌日。
いつもとテンションの違うリリシェラと共に、授業初日となる学園へと向かう。
ふんふんと鼻歌交じりに隣を歩くように、引き続き機嫌は悪くない。
「今日から授業が始まるけど、どんな内容かな?」
新しい事が始まるのを楽しみにしている、といった感じだ。どうでもいい質問といえばどうでもいいが。
「年齢的には中学校程度だから、そんなに難しいものじゃないんじゃないか?」
「そうかな。そうだといいね!」
いい加減な答えにも関わらず、彼女は笑顔で俺の顔を見る。
「あんまり羽目を外すなよ。幼馴染さん」
「ほいさ!」
リリシェラが意味ありげに大げさにうなずいてみせた。「幼馴染」のあとに「婚約者候補」とつけようと思ったが、朝からややこしい話にするのも何なので控えたのだが……。彼女のその反応は何か意味があるのだろうか。
などと思っていたところ。
「ユーキア・オルミティ君」
「はい?」
背後からいきなりフルネームで呼ばれ、俺は驚いて振り返りもせずに返事をした。
隣にいたリリシェラと一緒に声のした方を見ると、そこには可愛い女の子が立っていた。
「オリエル……って子だったと思う」
リリシェラが小さな声で俺に教えてくれた。顔に覚えがあるのでクラスメートだというのは知っているが、名前までは知らなかった。
俺、彼女に何かしたかな? いやいやそもそも、名前すら知らない子だけに何かするはずもないよな。
「ちょっと聞いてもいい?」
「なに?」
彼女は俺の横までやってきて尋ねた。
「出身は?」
「エルガラ……」
「じゃあ、お父さんの名前は?」
「マルドー」
何の意図が有ってそんな事を聞くのかと思っていると……。
「誕生日は?」
「「五月二十日」」
リリシェラと声が被った。
同じ誕生日だからな、何となく言ってみたくなったのだろう。いや、それとも何か別の意図があるのか? そう思った瞬間だった。
「兄さん!」
突然、オリエルが飛びついてきた。
「「はあぁぁぁっ?」」
リリシェラと俺は同時に叫んでいた。
彼女は俺や父と同じ、濃茶の瞳に茶色の髪……。まさかね……。
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