29.兄と妹の距離

 下着姿で迫り寄るリリシェラ。

「ちょっと待て!」

 手をかざしつつ、俺は制止する。

 迫る彼女から慌てて視線を逸らしたが、心臓はバクバク。ドキドキしまくり。

「こんな可愛い娘に迫られているのに、何で逃げるの?」

 彼女は楽しそうに笑いながら手を伸ばす。俺の制止などお構いなしに寄ってきて、そのままぎゅっと抱き付かれた。

『お兄ちゃん、大好き……』

 耳元でささやかれた甘い一言にハッとして彼女を見ると、リリシェラだったはずの姿は理紗に変わっていた。

『理紗!』


 俺は驚き慌てたところで、目が覚めた……。


 昨日、胸を押し付けられた程度で俺は彼女を異性として強く意識したのだろうか。

 理紗としてもリリシェラとしても、身近な存在として今まで何度か彼女が夢に出てきたことはあった。それはいつも他愛もない夢……だったと思う。

 だが今、俺はこんな夢を見るほど妹だと思っていた相手に違う感情を抱いてしまったのだろうか。それともこれは俺の願望の表れなのかと、自己嫌悪しつつかなり反省した。

 もしかしなくても、俺の心の内にある「妹」という彼女に対する線引きが、崩壊しつつあるって事なんだろう。これからはひとつ屋根の下。ミューリナも含めて、色々と気を付けなければいけないなぁ……。

 ため息をつき、もやもやしながらも体を起こす。もやもやであって、ムラムラではないぞ。って、誰に弁解しているんだ俺……。

 とにもかくにも今日は入学式、シャキッとしなければ。朝からこんなではダメだ。頬を叩いて気合を入れる。


「朝食の支度できたよー!」

 着替えが済んだ頃にリリシェラに呼ばれた。


 夢見のせいで、彼女の顔を見るのが恥ずかしいというか何だか気まずい。なるべく視線を合わせないように食事をしていたのだが。

「どうしました、兄様?」

 行動が怪しかったのだろうか、ミューリナがいぶかしげに俺の顔を見る。

「な……んでもない」

 彼女は相変わらず鋭い。というよりも、日々鋭さを増している気がする。ひょっとして俺は彼女の観察対象なのだろうか。

「味が変だった? 今日は私が作ったんだけど……」

 心配そうにリリシェラが俺の様子を伺う。

「いや、そんな事ないよ。ちゃんとできてる。美味しいよ」

 なるべく視線を合わせないように、パンに目を向けつつ笑顔を作って誤魔化す。

 俺の言葉も決してお世辞ではない。

 下宿なので、料理は作ってくれるという話だったのだが、今日はリリシェラとミューリナが自分たちで作ると申し出たらしい。気まずくても褒めるところは褒めておかないと……。


 そんな気まずい雰囲気を引きずったまま学校に。

 制服を着れば新たな出会いがあるんじゃないかとか、多少は期待してたが全くそんな事はなかった。まあ初日だからこんなもんだろう、と思うことにした。

 だが俺とは対照的に、リリシェラは男共の注目を集めていた。しかし本人はどこ吹く風で完全スルー。全く気にする様子も見せなかった。下手に権力者の息子とかに寄ってこられると面倒そうなので、そういうのが混ざってないといいな……。

 心の中で塩をまく。

 これは嫉妬か? いやいや、兄として妹と守る大切な義務だと言い聞かせた。


 この日は入学式だけで、特に何があった訳でもない。予定通り式が終わって下校の時間に。

 下宿先が同じということもあり、当然俺はリリシェラと一緒に帰るのだが……。それを知らない男共の「お前はその娘の何なんだ!」という刺すような視線が非常に痛い。

 だが、リリシェラはフォローするどころか、俺と腕を組んで火に油を注ぐような真似をしてくれました。言い寄る連中が面倒だったのだろうが、俺としてはもう明日からの登校が怖くてたまりません。


 というか、色んな意味で俺の心臓が持ちませんという出来事が……。


「どうしたの? 今日は何か変だよ……」

 隣を歩くリリシェラが俺の顔を覗きこむ。と、組んだ腕に彼女の胸が押し付けられる。彼女にしても昨日の事を繰り返している訳ではなく、自然にそうなっただけなのだろうが、意識しないようにしてもその感触に負けそうになる。

 朝の夢だけでもドギマギしている俺に、彼女は無意識に追い打ちをかけてくる。

 理紗の時は、中学くらいからお互いにある程度の距離を保っていたから、こうはならなかったのだが……。


「な、なんでもないって……」

「ほら、そうやって視線を合わせないし。私、何か怒らせるような事した?」


 隣をちらりと見やると、首を傾げて少し悲しそうに上目づかいで俺を見詰める彼女の顔がそこにあった。

(やばい、可愛い……)

 中身が元妹でなかったら、間違いなく即落ちしているところだ。美少女の破壊力は半端ではない。

「いや、新しい学校だからさ……知らない人間も多いし、どういう距離感がいいのかと思ってさ……」

 俺はヘタれた。正直に言えないあたりが、我ながら情けない。


「兄と……妹……がいい?」

「……え?」

「……いつまで……兄と妹でいるつもり?」


 俺の迷いを突くような、鋭い一言が胸に刺さる。

 その問いに、俺は何と答えたらいいのだろう。

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