27.まる。

 親が帰ってきたことを知らせる彼女の呼び声で、俺は目が覚めた。

 ミューリナにからかわれた後、いつの間にか俺は寝ていたらしい。

 ああやって、からかうことで俺の気を楽にさせたのか。それともただのブラコン症状なのか。何かいいようにミューリナの手の上で踊らされている気がしないでもないが。

 いや、ミューリナに限った話ではなく、リリシェラにもいいように遊ばれている気がする。妹成分を持っている連中は色々と厄介だな……。


 眠い目をこすりながら、ベッドから抜け出すと、両頬を掌で叩いて気合を入れる。

 王都へ行くため、これから親と対決だ。


 と意気込んだものの……。


「王都? ああ、いいよ。リリシェラちゃんと一緒に行っておいで。向こうの家とそういう話になっているから。いや良かった、説得する手間が省けたわ」

 ……とクソ親父。

 決まってたんならさっさと言え! っつうか、向こうの両親もそこをリリシェラにハッキリと言って置けよ。そしたらこんな苦労して胃をキリキリ痛めて悩まなくて済んだのに。

 怒りで思わず拳が出そうになっちまったぞ。

 いや、ガキんちょの力でどうこう出来るもんじゃないのは分かっている。それでもワンパンしないと気が済まないというか……。……ん?

 俺は背後に殺気を感じて振り返る。


「お父様、それは……どういう事ですか……?」


「あ……」

 この話を聞かれたら一番危険な人物が近くに居るの忘れてた。

 首を四十五度に傾け、怒りと怒りと怒りと悲哀と呪いを混ざり合わせたようなドス黒い感情を表に出した人物が親父に迫る。


 うん、こうなるって知ってたよ、俺。


 ただ、今回は「俺がどうしてもとお願いして行かせて貰う」のではなく「親父たちが既に決めていた事」なだけに、怒りの矛先は俺ではない。

 当初予定していた前者の方だったら、俺はどうなっていたか。


「いや、まてミューリナ! これには訳が有ってだな……」

「訳って……何ですか……?」


 迫るミューリナ。それに圧倒される父親。

 そこには親としての威厳はどこにも無い。

(がんばれ、親父!)

 心の中で棒読みで応援する。時折助けて欲しそうにチラチラとこちらに視線を送ってよこすが、気付かない振りをする。これで拳の分はチャラにしてやるから許せよ。

 と、見ているうちに親父はジリジリと壁まで追い詰められ……。絶体絶命! その時だった。


「じゃあ、ミューリナもその時は学舎を辞めて一年だけあっちの幼年学校に行く? そしたらユーキアと一緒だよ」

 と、母親からの助け舟が入った。

 いや、助け舟出すならもっと早く出してやれ、と思ったが。あのニヤニヤ顔は、わざと遅らせたに違いない。親父の困る顔が見たかったんだな。

「いいんですか!」

 パアァーという効果音が入りそうな程、一瞬にしてミューリナの暗黒モードは消え、晴れやかな笑顔を浮かべてみせた。


 何だろう、ここまで織り込み済みだったかのような、あの母親の笑顔は……。

 これは、今後のためにミューリナを味方につける作戦だったのでは? そう思うと、今母親の腕に抱かれ無邪気な笑顔を浮かべる天使もいずれは……。いやいや、可愛い実妹シエスよ、ああはなるんじゃないぞ。


 ミューリナが母親に抱き付き喜ぶ中、俺はこっそり抜け出して自室に戻った。

 いつの間にか日が沈み部屋は暗くなっており、俺は隣の家から差し込む僅かな光でランタンに火を灯す。すぐに部屋にふわっと優しい明かりが広がり、闇を祓う。

 十年以上もこっちで生活しているが「蛍光灯とは違うな」と未だに思う。懐かしさもあるが、もう戻れないものだと割り切っているつもりだ。

 何とはなく感傷に浸っていると、ガチャリという音が窓の外から聞こえた。

 聞き慣れたそれは、隣の家の窓が開く音。


「ユーキア!」


 俺の部屋が明るくなったことに気付いたのだろう。リリシェラの声が聞こえた。

 名前を呼ばれて嬉しいような恥ずかしいような。そんな感情と一緒に、帰り道に抱き付かれた事を思い出し、思わず赤面する。

 ひとつ大きく息を吸って心を落ち着かせてから、窓を開けた。


 まる。


 両腕で大きく輪を作ると、自然と笑みがこぼれた。

 リリシェラもほっとしたような、嬉しそうなような、感情の入り混じった笑顔を見せる。そんな彼女の顔を見て、俺は明らかに動揺した。

(だめだ、さっきので俺やられてるかも……まだ頭冷えてないもんな)

 冷静になろうと、ぶんぶんと頭を振る。それを見たリリシェラが不思議そうな顔をしているが……。

 ……そうそう、あの話を言わなくっちゃ。

「最初から俺も一緒に行くって事、両家で話して決めてたみたいだぞ?」

「……はぁ……?」

 口を開け、そんなはずはないと言わんばかりの顔をしている。そりゃそうだろう、決まっていたのを聞いていれば、悩んだり泣いたりせずに済んだのだから。

「ま、とりあえず。これからもよろしくな……」

「……うん」

 俺の大事な幼馴染兼元妹さんは、ちょっとだけ涙を浮かべて笑った。

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