23.リリシェラの抱えた悩み

 あの日以降、俺がエミララと会話をしていても、リリシェラは何も言わなくなった。

 何か思うところが有るのか無いのか。とりあえずは見て見ぬ振りをしているといったところだろうか。

 だが、なぜか三人で一緒に会話をしよう、という雰囲気にはならない。別段二人の仲が悪いという訳でもなく、意外に仲良くやっているようにも見えるので、その理由は良く分からない。

 リリシェラが何気なく語ったのだが、エミララとは他の女子よりも話が合うらしい。高校生の中身を持つリリシェラとうまくやっているという事は、エミララは精神年齢がかなり上なのかもしれない。


「でね……」

「なるほど」

 現在、授業の合間の休み時間。二人で何やらこそこそと話している。

 話の内容は聞こえないが、時折こちらをチラチラと見るのは止めて欲しい。

「何見てんのよ!」

 視線が合った際に、リリシェラに食いつかれた。いや、そっちが俺を見るのが気になって、ちょっと気になっただけなんですが。

 とはいえ、実際には言葉とは違って、リリシェラの表情はそう嫌そうにも見えない。何だよ、お前はツンデレさんか?

 ため息をつきつつ、視線を外すと、また会話がぼそぼそと聞こえてくる。その中に俺の名前が混じってたりするもんだから、余計に気になる。

 気にするだけ馬鹿を見そうなので、俺は二人を無視するように家から持って来た本を読むことにした。

 しばらくして、背中をつつかれた。

「何話してたか気になる?」

 リリシェラの居ない側に首を捻って、エミララに注意を向ける。

「いや、気にならない」

 気になるけれど、素直に気になるなんて言ってやるものか。

「えー。面白い話なのに……。ユーキア君にも関係ある話なんだよ?」

「いや、だったら直接言えばいい話だろ?」

「それがねー……」

 勿体つけるように、エミララがニヤリと笑った……ように見えた。

 意味ありげな言葉が気になったが、教師が教室に入ってきたので、そこで会話は中断となった。それきり、エミララからその話を振られることも無かったので、俺はその話をすぐに忘れてしまった。


 この日の授業も全て終わり、帰宅時間を迎えた。

「リリシェラ、帰るか」

「あ……うん」

 いつものように声をかける。


「エミララも一緒に帰るか?」

 最近はエミララも一緒に帰るようになり、美少女二人と一緒というだけで、周囲から嫉妬の視線を浴びる事が多いのだが……。

 実は、どちらかというと俺は、リリシェラとエミララが会話をしながら一緒に帰る時の、オマケのような存在になっている。だが俺は、その辺りに悲哀は感じていない。

 元兄として、元妹の安全を確保しつつ帰るのが役目なのだ、と自分に言い訳しているせいでもある。


「ああ、ごめん、今日は急ぎの用事があるから、先に帰るね。ごめん」

 エミララはそう言ってリリシェラに目配せすると、さっさと鞄を担いで走って帰ってしまった。

「まあ、しょうがないか。二人で帰るか」

 ため息混じりにそう言うと、俺はリリシェラの顔を見た。

「……うん」

 いつもと違い、どこか元気が無い様子が気にかかる。

「どうした?」

「ん……何でもない」

 はて、と首を傾げた。こういう時のは何やら悩み事を抱えていた気がする。兄としての記憶だ。

 とはいえ、本人に話す気が無いのなら、無理に聞く必要もないだろうか。俺が何かしてやれるというなら話しは別だが。


 学舎の門を出ても、彼女にはいつもの元気な様子が無い。俺の半歩後ろを、うつむいたまま黙って歩いている。

「どうした? 好きな奴でもできたか?」

 からかって気分でも変えてやろうかと思ったのだが……。

「うん……違う」

 うん、という言葉が先に来て、一瞬焦った。

 焦った? 

 何に……?

 可愛い妹の事じゃないか、好きな相手が出来たのなら喜ばしい事のはずだ。少々動揺したが、違うというのなら、今はいい。落ち着け、俺。

「好きな人なんて……前からいるもん……」

 ぼそりとリリシェラが小さくつぶやいた言葉は、動揺していた俺の耳には届かなかった。


 リリシェラは小走りで俺の前に移動すると、立ち止まった。

「あのね……」

 意を決したように少し大きく声を出し、真っ直ぐに俺の目を見る。

 こういう時は、何かある。二度の人生を彼女のすぐ近くで生きてきた経験が、そう言っている。俺も足を止めて目の前の美しい少女……俺にっての大事な存在をしっかりと見た。

「私……私ね、学舎を卒業したら、王都に行く事になりそうなの」

 彼女が口にしたのは、意外な言葉だった。

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