21.河川敷で

 予想通りというか、当たり前のようにリリシェラはそこに居た。

 河川敷、草の上に腰を下ろし、川面をぼーっと見つめている。風に髪を弄ばれても気にせず、一点を見つめる横顔を見て、さすがに美少女だなと感心する。中身がアレでなければ、この瞬間だけでも惚れてしまうかもしれない。


「リリ……」

 声を掛けようとしたところで気付かれた。

 彼女は立ち上がって逃げようとしたものの、慌てすぎたのか二歩目で誤って足を滑らせて転倒した。それはもう「ドジっ娘さんかよ!」と突っ込みたくなる程、豪快に。


 俺は急いで駆け寄ると、彼女を助け起こす。

 あまりの事に、理紗ってこんなキャラだったろうかと疑問に思いながらも、心の中で苦笑いする。

「大丈夫か? ……って、膝すりむいてるじゃないか」

 草のおかげでそれ程汚れてはいなかったが、石にでもぶつけたのだろうか、膝からは血が出ていた。

 泣き出しそうな顔をしながらリリシェラは俺から目を背ける。

「ちょっと待ってろ」

 そう言うと、俺は川辺まで行きポケットからハンカチを取り出すと、その端のほうを水につけて少し濡らす。すぐに半泣きになっているリリシェラの所に戻ると、濡れた部分で汚れと血を拭き取って、絆創膏代わりにハンカチを膝に巻きつけた。

「逃げること無いだろ」

 服についた草を払ってやり、彼女の顔を見る。

「ほら、座って」

 俺の言葉に反応せず、横を向いたまま、目を合わせようとしない。仕方が無いので、俺が先に地面に座る。

「ほれ、体育座り!」

 地面を指差して再度呼びかけると、リリシェラは渋々といったように、地面に腰を下ろした。


 それでも彼女は視線を合わせようとしない。

「何を怒ってたんだよ。言わなきゃ分からないだろ」

「……って……」

「何?」

 何か言ったようだが、小声でボソボソ言うので聞き取れない。

「……だって、幼馴染ゲットだぜ! とか思ってるんでしょ?」

「んあ?」

 意外と図星なだけに、うまく切り返す言葉が見つからない。そもそも俺が幼馴染設定好きなのを知ってたのか?


「家も近いんだし、仲良くなって悪い事はないだろう? お前やミューリナに何か有ったとき、女の子にしか頼めない事だってあるだろうし……」

 ちょっと苦しい言い訳だが、内容に嘘はないし筋の通らない話ではないはずだ。

「……あんな風に楽しそうに話してたら、彼女の方が許婚って思われるかもしれないし……」

 やきもちなのだろうか。口を尖らせつつも横を向いたまま、目を合わせようとはしない。いや、そもそも兄だった俺にやきもちってのも変だな。

「彼女は友達、この年齢でそれ以上があるもんか。それに、一緒に生きている年数から考えたって、俺にとって一番大事なのが誰かくらいは分かるだろ?」

「……私の事?」

 恐る恐るというように顔をこちらに向けて、上目遣いでリリシェラは聞き返す。

「当たり前じゃないか。前世の事だってある、誰よりも一番幸せになって欲しいと思っているに決まってるだろ」

「ふん……」

 リリシェラは口を尖らせて、再び横を向いた。その横顔には先程とは違って、怒っている様子は無い。

 横目でちらりと俺を見ると、彼女は言った。

「今回は許しておいてあげる」

 いや、何で上から目線なんだろうか。だが機嫌も戻っていそうだし、今はまあ良しとするか。


 視線をリリシェラと同じように、川辺へと向ける。陽光を反射し赤く染まりつつある川面と、遠くに見える山々が、かつて見た田舎の風景とダブる。

「確かに、婆ちゃん家の近くの川っぽいな」

「……うん。懐かしいな……、みんなどうしてるかな」

 あっちはあれから何年経って、どうなっているのだろうか。時間軸のズレがあるのかも分からない。死後一年程度の話ならミューリナから聞けるだろうが、聞いたところで今更何ができる訳でもない。

 きっと、リリシェラはその言葉に答えを求めていないだろう。


 俺は立ち上がり、手を差し伸べる。

「さあ、帰ろうか」

「はーい……。もう少し見ていたいけど……暗くなる前に帰らないとね」

 大事な物をお預けにされたかのように、少し寂しげな表情を浮かべると、リリシェラは俺の手を掴んで立ち上がった。

「痛っ……」

 膝の怪我を忘れていたのだろう。立ち上がって痛みを感じたせいか、リリシェラはバランスを崩して、転びそうになる。俺は慌てて手をしっかりと握って支え、ゆっくりと引き戻した。

「しょうがないなあ、負ぶっていってやるよ。ほれ……」

 彼女に背中を向け、手招きする。

「いいよ、恥ずかしいし」

「昔よくやったろ? この年齢だし、気にすんな」


 何やら小さな声でぶつぶつと何かをつぶやいていたが、あきらめたのだろう。背中に彼女の重さを感じた。

「胸が当たるからって興奮しちゃ駄目だよ?」

「いや、当たって分かるほど無いだろうが……」

「えっち……」

 背中に居る彼女の表情は見えない。頬に何かが触れた気がしたが、余計な事を気にして彼女を落としたら意味が無い。しっかりと支えて帰ろうと気合を入れる。


 俺たちが、またここで生を受けたことに、何か意味が有るんだろうか。自問すると同時に、背中に居る元妹の温もりが愛おしく感じられた。

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