20.俺にとって
「兄様が悪いです」
帰宅した俺の顔を見るなり、ミューリナが開口一番にそう言った。
どうやらリリシェラが機嫌悪そうに帰って来たのを見て、事情を聞きに言ったらしい。
「で、何を怒っているんだ?」
と、聞いたのだが。
「自分で考えてみればいいんです!」
プリプリとしながら、彼女は自室に戻って行った。リリシェラの事で怒っているのだろう。二人は基本的に仲が良いのだが、時折そうでもないんじゃないかと思うことがある。そう考えると、ミューリナが怒っているのにも何か別の意味があるのかもしれない。
ふう、とため息をついて、自室に戻る。
リリシェラに逃げられた俺は、結局エミララと一緒に帰って来た。
彼女との会話はそれなりに楽しいものだったが、リリシェラの事がモヤモヤと残ったままで、二人の時間を堪能するという状況にはならなかった。もしかしたら、彼女に不快な思いをさせたかも、と考えると申し訳ない気持ちになる。
「明日、謝るか……」
ひとりつぶやきながら南向きの窓の外を覗くと、裏の家が見えた。今まで意識していなかったが、よく考えればエミララ達の家ではないか。壁面には換気用の小窓が見えるが、室内の様子は分からない。そこが誰の部屋かはそのうち分かる事だろう。
俺の部屋には、もうひとつ東向きの窓が有る。そこからは丁度リリシェラの部屋が見え、時折リリシェラ本人が顔を出すことがある。幼い時から通常の幼馴染よろしく窓越しの会話をしたりして時間を潰したものだ。
兄妹だった頃にはひとつ屋根の下に居た訳だが、その記憶が有ってか何となく寂しくなって窓を覗くことがあり、向こうから顔が見えた時には心なしか気持ちが落ち着いた気がしていた。
今世が妹でなかったとしても、彼女は俺にとってのひとつの精神安定剤のようなものになっているのかもしれない。
今日リリシェラが何を怒っていたのか、実はよく分からない。同じクラスの女子にと話したときも、あそこまで怒った事がないからだ。
素直に聞こうとしても教えてくれないかもしれないが、前世では喧嘩をした後はいつも膝を付き合わせて、納得するまで話し合いをしていた。それは必ずどちらかが折れたところで終わる。だから自慢ではないが、妹に手を上げた事は一度も無い。
喧嘩したって可愛い妹なのだから、怪我をさせるようなことはしたくないと、いつも自制していた。
「可愛い妹か……」
人の気配のしない、隣の家の部屋を見ながらひとりつぶやく。
「まあ、ここで考えていてもしょうがない」
俺は部屋を出ると、リリシェラの家に向かった。
「あの子なら帰ってきてから何処かに行っちゃったわよ」
リリシェラの母が不在を教えてくれた。
「すみませんでした」
「なんかプリプリ怒ってたみたいだけど、ユーキア君と喧嘩でもしたのかしら?」
「そんなような感じです」
何か言われるのかと思ったが、笑顔のまま応対してくれている。
「まあ、許婚みたいなものだから、二人でうまくやってね」
と、最後は適当に放り投げられた。
信用があるというよりは、互いに良く知ってるんだから勝手に何とかしろ、という事なのだろう。
俺は頭を下げて彼女の家を後にすると、あてもなく歩き始めた。幸い、まだ日は高く、夕暮れまでには時間がありそうだが……。
はて、どこに行ったのだろうか。こういう時、漫画では恋人同士の思い出の場所に居たりする訳だが、生憎と二人の間にそんなものは無い。
あの年齢の女の子一人で行ける場所、距離などたかが知れている。街から出ることもないだろう。では、どこか。一緒に買い物に出かけた市場でもないだろうし、良く遊んだ近所の広場でもない。とすれば、散歩コースのどこか。
あいつの一番好きな場所……。ひとつだけ思い当たる場所がある。
街外れにある河川敷。
そこの風景が、前世で夏休みによく遊びに行った、田舎にある祖母の家の近くを流れる川に似ている、と言って嬉しそうに話していたことがある。あれ以来、彼女のお気に入りの場所になったようで、そこを通るたびに座っては時間を潰すようになっていた。
きっと、今もそこに居るのだろう。
何と言って話しかけよう、先程までそんな事を考えていたが、膝を付き合わせて話せばいいだけだ、そう思えば、足も軽くなった。
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