大事なのは
19.火種
新たに学舎に加わった双子は、見た目の良さもあってか、すぐに他の生徒達に受け入れられた。
転校生というものは、既存の輪の中に溶け込みにくいものだという、前世からの印象があった。だが、今は学舎自体が増員を繰り返しているので、生徒達の目には大して異質なものとして映らなかったという事だなのろうか。
そして何故か今、双子の片割れエミララが、俺の後ろの席に座っている。中途加入になるため最後列になるのは分かるのだが、何か意図的なものを感じる。家も近いし、仲良くしろという事だろうか。
俺としても、可愛い女の子との接点が増えるのだから、決して嫌ではない。むしろ歓迎なのだが、こういう時は女性同士の方が話しやすいだろうし、リリシェラの後ろとかでも良かったのではないかと思う。
ちなみに、弟の方は残念ながら別のクラスに割り当てられているので、学舎内で顔を合わせる機会は多くない。まあ近所なのだし、男同士いくらでも話す折もあるだろう。
などと考えてつつボケっとしていたら、時折刺すような視線がリリシェラから飛んでくる事に気付いた。理由は良く分からないが、エミララに手を出すなという事なのだろうか。
安心してください、まだ何もしてません。
途中入学なので、分からない事があったらエミララから聞いてくるだろうと思っていたのだが、特に何の反応も無い。そういった切っ掛けでも無ければ、話しかけることも出来ない。前の人生、一貫して彼女無しだった俺にとっては、何の話題も無しに話しかけるのはハードルが高すぎる。
どうしたものかと考えつつも、小学生レベルの授業内容が退屈で、あくびが出そうになった時だった。
つんつん、と背中をつつかれた。
あまりに突然の事で、驚いて思わず声が出るところだった。恐る恐る少しだけ首を回す俺に、エミララが小声で話しかける。
「ねえねえ、アナタとリリシェラちゃんって仲いいのね」
授業に対する質問かと思っていたのだが、予想外の言葉に俺は戸惑う。
「まあ、そこそこに……」
小声で答えた俺に、突き刺さる視線。
振り向くと、何事も無かったように視線を逸らすリリシェラ。婚約者ポジションで通しているのに、俺が余計なマネをすると嘘だと見抜かれて、男共に言い寄られるのが面倒だ、とか思っているのだろうか。
「彼女なの?」
俺の事情などお構い無しに、後ろから質問が飛んでくる。
「……いや、彼女っていう訳じゃないんだが……」
「ふ~ん……」
授業中……いや、リリシェラの監視の下で振り返るわけにもいかず、後ろに座る彼女がどんな表情をしているのか分からない。そんな今の会話も、もしかしたらリリシェラに聞こえていただろうか。
「まあ、ご近所なんだし、これからよろしくね」
エミララが発したのは、当たり障りのない言葉だった。
「ああ、よろしく」
振り返りもせずに、うなずきながら答えた。そこで彼女との会話は途切れたが、そのすぐ後、横から何かが飛んできて俺の顔に当たった。
「……ぃって」
飛んできた物を探して床に視線を落とすと、小さな紙片を丸めたようなものが転がっているのが見えた。これが飛んできた側に座っているのはリリシェラ。
睨むように視線を向けるが、彼女は無関心を装い、こちらを見ようともしない。今、彼女に何かを言えば、皆に気付かれてしまう。仕方なく、俺は誰にも気付かれないように、こっそりと紙片を拾い上げた。そこに何か書いてあるかと思って広げて見たのだが……。
「バカ」
と、一言。
いっそ潔いのだが……。いや、これだけで何を推察しろと。
エミララと挨拶程度の会話しただけじゃないか。「許婚です」とでも返しておけば良かったのか?
恐らく先程の事で機嫌を損ねているのだろうから、この件に関して聞いても何も答えないだろう。まあ、帰宅時間まで放っておけば、機嫌も戻っているだろう。なんて考えていたのだが。
「リリシェラ帰ろ……」
「ユーキア君、一緒に帰ろう!」
この日の授業も終わり帰宅時間になったので、いつものようにリリシェラに声を掛けようとした瞬間、エミララが被せるように声を掛けてきた。
「……ん、ああ、分かった」
後ろに振り返りつつ応える。美少女に笑顔で誘われては、断れるはずがない。
「リリシェラも……」
視線を戻して声を掛けようとしたが、彼女は俺を無視して先に教室を出て行ってしまった。
「エミララ、ちょっとごめん!」
「あ……、うん」
エミララに一言謝ると、リリシェラを急いで追いかけ腕を掴む。
「なに? エミララと一緒に帰ればいいじゃない。私が居たら邪魔でしょ? 何で私を呼び止める必要があるの?」
「だって、お前が……」
「だって何? 私の存在って何?」
感情的に言われ、俺は何も答えることが出来なかった。
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